2017.02.03

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地域ブランドを都市圏へ!成功の鍵はよそ者視点とつながり

山口県長門市では、長門市、JA長門大津、深川養鶏農業協同組合、山口県漁協が出資者となった合同会社「ながと物産」が設立されています。市内の農水産物を地域統一の「ながとブランド」として、東京をはじめとした大都市圏へと売り込むことを目的としており、そこで執行責任者、販売戦略プロデューサーとして指揮を執るのが山本桂司さんです。山本さんはこの地域の出身者ではなく、公募により選ばれました。

長門市の狙いや、山本さんがどうしてここ、長門市の食ビジネスに関わろうと思ったのか、食ビジネスの可能性は、地域外出身者ならではの苦労や、だからこそできることは?経済産業省からの出向で、同じく県外出身者である木村さん(山口県長門市経済観光部・理事)とともに、その経緯や、地域創生への想いを語っていただきました。

profile

  • ながと物産合同会社 COO

    山本 桂司
    (やまもと けいじ)

    大学を卒業後、小売業を経て愛媛県今治市のタオル美術館ICHIHIROにて企画、運営、物販を担当。その後、全国公募により、山口県長門市の産品を販売する「ながと物産合同会社」の執行責任者に選出される。長門市観光戦略推進委員。

  • 山口県長門市経済観光部

    木村 隼斗
    (きむら よしと)

    経済産業省から山口県長門市経済観光部に出向。ながとブランドの需要拡大を目指し、「ながと物産合同会社」の取り組みを行政の立場からサポートしている。執行責任者を務める山本さんのよき相談相手でもある。

中の課題を突破するためには、外の人材が必要。山本さんと長門市を結んだ「公募制」

―― 行政が中心になって設立された地域商社で、責任者は公募。まずはこの珍しい取り組みについて教えてください。

山本さん山口県長門市は農産物、水産物、ともに質が良く、特色のある産品が多くありながらも、生産は少量多品種で、一括で卸すには不向き。米はJAが一括で買い取りますが、それ以外で個々の生産者や事業所が単独で販路を開拓するのは難しいという課題がありました。そこで、この問題を解決するために長門市とJA長門大津、深川養鶏農業協同組合、山口県漁協が共同出資して設立したのが「ながと物産」。長門市の農水産物やその加工品を「ながとブランド」として統一し、大都市圏へ売り込みをかけることを主な目的としています。
卸先は首都圏のホテル、レストラン、料理屋など、こだわりの食材を使って料理を提供するお店。「ながと物産」が窓口となってPRや販路開拓、一元的に集荷・出荷、決済、問い合わせ対応などをすることによって、「ながとブランド」の需要拡大を目指しています。


木村さんこれまでも長門市の農水産物を全国に売り込もうという取り組みがなかったわけではありません。商工会を中心に物産展への出店や、産地直売などにも挑戦していましたが、いわゆる行政の補助金次第で、継続性は低かったと思います。ブランドの構築は短期的に成果が上がるものではなく、継続性が欠かせません。そのために主導役として「ながと物産」という合同会社を立てました。
執行責任者を公募したのは、市長の強い希望によるもの。出資団体それぞれの思い、慣習などを超えて問題の解決にあたるには、地域のしがらみがない外部の人がいいという思いだったと聞いています。

―― 公募で選ばれた山本さんも木村さんも、もともと長門市に縁があったのでしょうか?

山本さん私は大阪の出身で、この仕事に就くまでは愛媛県今治市のタオル美術館でマネージャーをしていました。美術館では各種展示の企画や通販を含む販売を担当し、5年間で売り上げ2割増などを達成しました。私が美術館に勤めていた頃「今治タオルブーム」が起こり、小さな地場産業だったものが一気に世界から注目されるようなブランドになったんです。
その大転換をまさに現場で体験して、地域の可能性というものをまざまざと実感しました。この時の経験がなければ、今の挑戦はしていなかったと思いますね。長門市については、それまでまったく馴染みがなく、現状や課題についても一から勉強したという感じです。

木村さん私も他県の出身で、経済産業省からの出向組ですので、いわゆる外様です。その分客観的に課題を分析できますし、アイデアも出せる気がしますね。現在は長門市が策定した成長戦略を推進できるよう、関係各所と協働しています。

生産者一人ひとりの思いと消費地をつなぐ。それも「地域商社」としての役割

―― 「少量多品種で売り込みが難しかった」とのことですが、具体的にはそのことで地域はどのような課題に直面したのでしょう?

木村さんまずは一次産業に従事する方たちの収入増加が難しいという課題がありました。このままでは現役で農家さん、漁師さんとして働いている方たちが、自分の子どもたちに家業を継がせられない。その延長として、地域の産業が徐々に衰退していくという危機感が長門市にはありました。どうしたら収入を増やすことができるのか、従来通りの自治体による補助金施策では限界があると考え、全国でも前例の少ない合同会社の設立を決めました。少量多品種でも質はは高い。そこを売り方の工夫でなんとかしたい。山本さんにはとても期待をしています。


―― 山本さんはよその地域から長門市にやってきて、どのような課題を感じましたか?

山本さんまずこれは長門市ではなく、私自身の課題ですが、食に関する知識が不足していました。これまで今治での仕事を通して、物をどう流通に乗せ、販売戦略を立てていくかというノウハウは持っていました。しかしそれらは販売する物が計画通りに生産できるという前提の話。農水産物は自然が相手の生産ですから、確実な収穫量の目処が立ちませんし、できるときにたくさん作ってストックしておくこともできません。営業努力でたくさん受注しても、台風で収穫できなければ、お客さまを裏切ることになる。その難しさは、頭では想定しておりましたが、思い知らされましたね。


山本さんまた、生産者さんお一人おひとりと話をする中で、向いている方向がひとつでないことも見えてきました。ある人はたくさん収穫して売り上げを伸ばしたい。その一方で収穫量が少なくても、いいものを届けたいという人もいる。さらに、それなりに生活できればいいという人もいる。普通の企業ならば「利益」という共通の目標がありますが、ここでは生産者さん個々の思いがあるので、それらに耳を傾け、消費地のニーズとマッチングしなければいけません。簡単なことではありませんが、粘り強く取り組んでいこうと思っています。

「ながとブランド」を確立し、生産者さんたちが持続的に収益を上げられるように

―― 「ながと物産」が立ち上げられて2年。この間、どのような取り組みをし、どれくらいの成果が上がっていますか?

山本さんもともと長門市が策定した成長戦略に「首都圏に売る」というものがありましたので、まずはそれを地道に進めることからはじめました。手法としてはとてもオーソドックスでパンフレットを作ったり、山口県ゆかりの店に営業したり、展示会に露出したり。ただし人員は限られていたので、手当たり次第に営業をかけるというよりは人脈をフル活用して、効率よく取引先を拡大することを目指しました。また、パンフレットも広く浅くすべてを掲載するというよりは、きちんと取材と編集をし、料理人の方々がこの食材を使いたいと思うような構成に。当初は10店くらいの取引でしたが、今では10倍以上に拡大しています。収益的にも初年度は計画の2倍、翌年も40~50%上回る結果になりました。

―― 計画の2倍の売り上げはすごいですね。一般の消費者へ直接届けるということはしないのでしょうか?

山本さん手付かずだったところに手を打ったわけですから、伸びるのは当然といえば当然。どの会社でも起業から3、4年目に業績が伸び悩む時期がやってきます。それは「ながと物産」も同じで、成長スピードは鈍化しています。今は早くブレイクスルーすることが目標ですね。もちろん、一般消費者への販路拡大もしていきたいと思っています。具体的にはじめたことでは、この地の農水産物をそろえた直売所の運営です。これは現在整備が進められている道の駅「センザキッチン」の開設を見据え、実証実験的に取り組んでいます。


センザキッチンのイメージ図

山本さん”キッチン“という名の道の駅ですから、中核となるのは長門の食。地元の方には我が家のキッチンとして、ゲストの方には長門のおいしくて新鮮な魚や水産加工品、農産・畜産物に出会える特別な場所として楽しんでいただくために、また全国に数多くある道の駅に埋もれてしまわないために、どのような独自のコンテンツを展開できるのか日々模索しています。直営店の運営のほかにも、「センザキッチン」のテナント管理、広報企画関連など、中核施設の運営を任されていますので、プレッシャーもありますが、様々なアイデアを取り込み今までにない魅力を作り出していきたいですね。それが自分に求められる役割でもあるので。

―― 行政はどのようなサポートをしているのでしょうか?

木村さん具体的には運営費の補助ですね。計画では5年での自立が目標とされているので、それまでにビジネスとしての軌道に乗せてもらえるように願っています。本当は山本さんがいいと思う方法で自由にしてもらうのが一番なのですが、税金を使っている以上は説明責任も発生します。ビジネスは臨機応変な対応が大切とわかってはいても、止むを得ず「当初の計画通りの時間軸で進めてください」とお願いすることも。その辺りは心苦しく思いますね。

山本さん私たちは自由にさせてもらっている方だと思いますし、木村さんには板挟みになってもらって感謝しています(笑)

―― 今後力を入れて取り組んでいきたいことはありますか?

山本さんこれまでと同じように質の高い「ながとブランド」を大都市圏へ届ける、市場のニーズを産地にフィードバックするといったことはつづけていきます。それに加えて、今後は「長門の地で食べたい」という土壌を作ることも目指したいですね。会社としてあげた利益を地域に還していく。そして生産者さんたちの収入が増え、この地域の農水産業が持続的に発展していければ。今はそのための基礎を固めているところです。


ながとブランドのひとつ「仙崎かまぼこ」。新鮮な仙崎産のエソを使い、昔ながらの作り方で変わらぬ味を今に伝えている。

継続的に発展していくために。今、地域に求められるのはビジネスの力

―― 山本さんは今治から、木村さんは霞が関からやってきて、地域の課題に取り組んでいらっしゃいます。地域創生のために必要なスキル、地域外の人材を活用するメリットは何だと思いますか?

山本さんひとつ言えることは、その地域にいなければ入手することができない情報を持っている人の方が圧倒的に強い、ということでしょうか。私の場合は地方生産のプロダクトを売るというノウハウや、都市部との人脈が豊富でした。今はインターネットの発達によって、ある程度のことまでは地域格差なく触れることができます。しかし、やっぱり実際に自分が出向き、人と会い、直接体験して得られた生きた情報は密度がまったく異なります。たとえ別業界にいたとしても思いもかけない場面で、手持ちの情報と地域の課題がリンクして、大きなチャンスになることだってあります。地域と都市部では生の情報に触れられる機会に差がありますから、都市から地方に来る人にとってはそれが大きな武器になると思います。

 

木村さん「地方創生」の仕事といえば、公務員をイメージする人が多いと思います。それも間違いではありませんが、行政には行政のロジックがあり、どうしてもできることに限界があります。税金を投入すれば一時的に地域が活性化するかもしれませんが、持続的に収益を上げていくには、ビジネスセンスが必要になってきます。もちろん行政ならではの強みもあるので、お互いに力を合わせてやっていくことが大切だと思いますね。

 

山本さん私自身は異業種から入ってきたのですが、食ビジネスって本当に面白いと思います。どれだけテクノロジーが発達しても、人は食べなければ死んでしまう。これからAI時代がやってきて、ロボットに置き換わる仕事が増えるかもしれませんが、食ビジネスがなくなることはないでしょう。また、高級車を購入して楽しめるのはごく限られた一部の富裕層だけですが、美味しいものを食べるだけなら少し節約すれば一般家庭でも楽しめる。つまり圧倒的にターゲットが広いんです。ビジネスとしてこれほどチャンスのある分野はなかなかありません。「ながと物産」が食の世界でどこまで大きくなれるか。実は私自身が一番楽しみにしています。


「ながと物産」による一括したプロモーションの成果もあり、徐々に販路を拡大している
「ながとブランド」。「地方創生×食×ビジネス」という新しい枠組みの中で、今後どのような発展を見せるのか。「ながとブランド」の動向に、ますます目が離せなくなりました。

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