2017.02.03

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IT×漁業で社会を幸せに。そこには一生をかける価値がある

古くからの商慣習が残る水産業界の流通プラットフォームを、ITを武器に再構築し、水産業界にイノベーションをもたらす株式会社フーディソン。「はじめは鯛の売値も知らなかった」という代表の山本徹さんに、新たなビジネスフィールドとして水産業界を選んだ理由、そして「世界の食をもっと楽しく」という壮大な企業ミッションに込めた想いを伺いました。

profile

  • 株式会社フーディソン 代表取締役

    山本 徹 (やまもと とおる)

    埼玉県生まれ。北海道大学工学部卒業後、大手不動産デベロッパーに入社。その後合資会社エス・エム・エス入社。組織変更に伴い、株式会社エス・エム・エスの取締役に就任。創業からマザーズ上場まで経験。2013年4月、株式会社フーディソンを設立。「世界の食をもっと楽しく」をミッションに、水産業界の活性化に取り組んでいる。

「何のために仕事をするのか」その問いが食の道へ進むきっかけに

―― 現在のフーディソンの主な事業について教えていただけますか?

フーディソンは、ITを活用しての価格決定機能、マッチング機能、集荷機能、分荷機能、決済機能などを有する水産流通プラットフォームの再構築を行っています。再構築する過程での事業としては大きく分けると2つあり、1つは小売事業で「サカナバッカ」という鮮魚専門店を都内に6店舗展開しています。もう1つは卸売事業で、飲食店向けの鮮魚仕入れサービス「魚ポチ」を運営しています。


株式会社フーディソンのプラットフォーム。無理にITを導入せず、ニーズがあり最適化できると判断しながら進めている。


様々な産地の水産品を提供する魚屋「サカナバッカ」。オンラインストアも運営している。

―― 山本さんの学生時代から振り返ってお話をお聞きしたいと思います。工学部を卒業後、不動産デベロッパーに就職、創業メンバーとして介護・医療に特化した人材紹介業に参加するなど、多彩な経歴をお持ちですが、どのようにして食の道にたどり着いたのでしょうか?

もともと物理が好きだったんです。大学では何となく航空宇宙工学を勉強したいと思い、北海道大学の工学部に入学しました。同級生のほとんどが機械メーカーや自動車メーカーに就職する中で、不動産デベロッパーに就職したのは僕だけ。それはある人に影響を受けたからなんです。

大学時代にバイトで通っていた定食屋さんのおじさんなのですが、旭川ではじめた弁当屋が倒産して、再起を果たそうと札幌で定食屋と不動産屋を営んでいるバイタリティ溢れる人でした。「未来は保証されるわけではない。こんなはずじゃなかったというときに、生きていく力が試されるんだ」とよく言っていて、自然と自分もこの人と同じように生きていく力をつけたいと思うようになったのです。それで同じ不動産業界に飛び込みました。今思うと、おじさんは驚くほど未来における社会の変化を正しく予測していたと思います。

―― 不動産業界に飛び込んだ後、介護・医療に特化した人材紹介業を立ち上げていますね。

不動産デベロッパーの会社で出会った先輩と同僚たちと一緒に介護に特化した人材紹介事業を行う会社を立ち上げました。「IPO(マザーズ上場)しようぜ!」と意気込んでいましたね。

――それからフーディソンを設立するまでには、どのような心境の変化があったのでしょうか?

会社が急成長し、どんどん人が増える過程で、ビジョンやミッションを持つべきなんじゃないかいう議論があったように記憶しています。僕自身は仕事が楽しかったので、正直企業ミッションはなんでもいいと思っていました。でも、幸いなことにIPOで目標が達成された時に、これまで向き合っていなかった「何のために仕事をするのか」という問いにいよいよ向き合わざるをえなくなりました。

それからフーディソンを設立するまで、悩みましたね。一所懸命働いて目標を達成したはずなのに、どうしてこんなにアンハッピーなんだろうって。ずっと悩んでいました。

転機となったのは、子どもです。子どもが生まれたときに、とても幸せな気持ちなり、こんな気持ちがずっと続く人生にしたいと心から思いました。そして「幸せってなんだろう?」と改めて本気で考えた結果、自分はより良い未来をイメージして、それに対して変化する過程に幸せを強く感じると気づいたのです。今よりいい未来を描いてそこに近づいていく。そのわくわく感が自分にとっての幸せなんじゃないかと。
例えば、敗戦後日本の復興を夢見て、皆ががむしゃらに働いていた頃と現在とでは、食べ物の豊かさなど生活水準や物質的な豊かさはどちらが上かと言うと、圧倒的に現在だと思うのです。でも、希望に向かう充実感はどちらが上かと言うと、昔の方が上なんじゃないかと思います。よりよくなっていく未来に対して、自分たちが主体的に向き合い、関わることでその未来に近づいていくことを感じられたら、ある意味幸せだと思います。

今は社会に対して閉塞感を感じているというか、よりよくなる未来を描きにくいのではないかと思います。企業に置き換えて考えても同じです。理想の未来のイメージがあって、それを実現するために組織を作り事業を行う。そしてそれに対して主体的に向き合う手段が働くことなんだと。これが幸せになるためのプロセスなら、理想の未来を掲げられる余地のあるマーケットを探してそこで事業を始めようと。それがフーディソン設立のきっかけです。


第三者だからこそ、生み出せる違いがある

―― はじめから食の分野を視野にいれてマーケット開拓を行っていたのですか?

選ぼうとしていたマーケットは、すごく簡単に言うと、出来るだけ大きくて、今までパラダイムシフトが起きていない旧態依然としていて、今後も業界内からイノベーションが起こりにくく、ITが活用されていない、そんなところがあったらいいなと。でも、そんなマーケットを誰も放っておくはずがなく、少なくとも自分が経験してきた業界内では見出すことができなかったので、まずは自分の知らないマーケットを知るためにデスクトップ調査といろいろな人に会いに行きました。

そこで、ある漁師さんに出会ったんです。その漁師さんは「子どもに後を継がせたくない」と言っていて、毎日必死に働いても、漁にでるガソリン代も稼げないというんですね。数年前の話ですが、漁師の平均年齢は65歳で18万人程しかいないと聞きました。これは誰かが担っていかないといけない、それをやってみたいと思いました。

そこから、もっと現状を知るため、その分野に関わる人をリストアップして全員に会いに行きました。漁師、産地市場の荷受、仲卸、消費地市場の荷受、仲卸、それから飲食店、小売店、消費者。わかったことは、すべての機能が縦割りに分解されていて、多重階層になっているということ。その結果全体像を把握している人もいなければ全機能を統合して改革を起こせるようなプレイヤーがいないんですね。

だから、誰もが何かしらの不満を持っていながらも何ともしようがない、そんな状態になっていたのです。業界の常識を知らないが故に常識に囚われずに顧客視点で業界はどうあるべきなのか?という問題提起をすることができる僕が相対的に価値を提供できる可能性があるのではないかと思い、このマーケットで挑戦することに決めました。

―― 水産業界の課題に対してどのような解決策を考えたのでしょうか。

肉と比較するとわかりやすいですね。肉の流通は顧客視点でバリューチェーンが改善され肉のキロ単価が下がって行きました。一方、魚は昔ながらの流通構造が大きく変化していません。結果、キロ単価は大きく変わっていません。実は魚の消費量が大きく減少したのは肉のキロ単価が魚のそれを下回ったタイミングと言われています。現状の魚の消費量減少は、魚が持っているポテンシャルが適切に発揮された結果ではないと思っています。

我々がITを活用して水産流通プラットフォームを構築することで、多重構造を解消し流通コストを低減させ、消費者にさらなる美味しさを提供できる可能性があるのであれば、ベンチャーとして参入する意義があると思いました。


富山で200円/キロで漁師から仲買へ売られる甘海老は金沢で1,000円/キロで売られることも。仲買が減り競りが行われないことで起きている現状。

―― 最初から水産流通にITを取り入れたのですか?

ITはあくまで手段であるという認識です。水産流通に関連する業務について我々は素人集団でありました。したがって、まずは業務にアナログベースで見よう見まねで取り組んでみて、業務プロセスを把握した上で必要に応じてITを活用するかどうかを判断してきました。

問題は流通の仕組みであり、小売の仕組みにあります。だからまずは小売店を作ってみようと。ITを取り入れたプラットフォームを構築する前に、実際に魚屋を作って、小売業を営んだ経験値は大きいですね。その経験があるからこそ気づいた不便さが、今に生きていると思います。現時点では無理にIT化するとむしろ非効率になることもわかって、人が取り組むべきこともたくさんあると気づきました。


若いスタッフが多い勝どきの本社

一生をかけてもいい。「世界の食」という大きな夢が原動力に

―― フーディソンは「世界の食をもっと楽しく」をミッションに掲げていますが、将来的には水産以外にも参入していくのでしょうか?

消費者のことを考えたときに、水産は食という領域の1つのカテゴリーでしかないんですよね。魚だけに特化した知識を持つ人と、魚も肉も野菜も理解している人とでは、必ず提案に差が出ます。消費者視点で考えた時に僕は後者の方が相対的に付加価値が高いと思っていて。専門的なことは専門家に委ねて、全体を見ながらバランスを取ることがプラットフォームの構築には必要。だから水産ではなく「食」としました。

「何言ってるの?」というくらい大きなテーマですよね。「世界の食」ですからね。僕の社会人人生があと25年だとして、最終的にたどり着けないテーマかもしれませんが、だからこそ一生をかける価値があると思います。まずは水産業界から。その後は受け継いでいけるといいですね。

―― 食に携わる仕事をするうえで、山本さんが大切にしていることは何でしょうか?

実は、一番最初に鯛をお客様に買ってもらったとき、鯛の相場を知らなかったんです。鯛の相場はわかりませんでしたが、我々が目指しているビジョンを共有して一緒に生産流通を変えて行きましょう、と包み隠さず話しました。嘘をつくことなく、分からないことはわからないと伝えて、共感できるビジョンをもって一緒にその世界を作っていこうという姿勢をきちんと伝える、それを大切にしてきたからこそ今があると思っています。

そして、これは食に携わる仕事に限ったことではありませんが、一生をかけてもいいと思えるミッションを持つことが根本的に重要だと思っています。ミッションを持たずに事業を運営しているとお金が減っていくフェーズにおいては不安になったり、順調に回るフェーズになったらある程度で満足してしまったりするものなのではないかと思います。だから、ちょっとやそっとでは到達できない大きなミッションを掲げていないと何もなしていないのに満足してしまう。僕がミッションに掲げているのは、「世界の食」です。水産業界から食への広がりを考えるだけでわくわくしますし、その大きな夢が事業を運営する原動力になっています。


すべての質問に丁寧に、包み隠さずお話をしてくださった山本さん。次のご自身の課題はと尋ねると、リーダーシップを身につけることですと照れ笑いしながら話す姿に、ビジョンに賛同する人がこれからも増え続ける未来が見えた気がしました。