「食」を「学問」にする。日本ではじめての学部が誕生へ

立命館大学が2018年4月に設置構想中の「食マネジメント学部」は、食を総合的に研究し、教育する日本ではじめての学部。少子化が進む今、食について高度で専門的な知見やマネジメントスキルを育む学部を新設する意義とは?そして世界や地域で、これから活躍するために求められていく能力とは?立命館大学経済学部教授・国際食文化研究センター長の朝倉敏夫教授に尋ねました。

profile

  • 立命館大学 教授

    朝倉 敏夫(あさくら としお)

    専門は文化人類学、韓国社会論。韓国の社会と文化について、家族や食の視点から調査研究している。国立民族学博物館名誉教授。好きな食べ物はキムチチゲ。

「食」を通して、社会の問題を解決するために

―― 食マネジメント学部は、どのような目的のもとに新設されるのでしょうか?

まず前提として、食に関わる社会の問題を解決したいという強い思いがありました。今、世界には飢餓と肥満の問題が併存し、グローバルな食の安全、流通の問題がおこり、地域社会や家族と食が絡み合う問題があり、どんどん複雑化しています。こうした食の問題は、従来からの価値観やツールだけでは、もはや本質の解決は目指せません。そこで必要となってくるのが、食をトータルで捉える力。新学部ではそれを養うことに力を入れます。

少子化の時代に新学部を開設することは私たちにとっても大きなチャレンジなのですが、先に挙げたような問題を解くことができる人材の育成は世界からも求められていること。実際に国内だけでなく、海外からも大きな期待を寄せられていると感じています。

―― 食といえば「農学」「栄養学」といった分野がイメージされますが、新しい学部ではどのような学びのフィールドが用意されるのでしょう?

食と言うと、日本では農学や栄養学などに限定されることにずっと疑問を持っていました。「食べる」という行いは、人間生存の本質に関わることです。私たち人類はこれまでどこで何をどう食べてきたのか?そして、食べることの倫理や哲学は、いかに変わってきたのか?そうした深い教養がなければ食の問題の本質に迫ることはできません。一方で最新の科学やテクノロジーについての専門的な知識も必要になってくるでしょう。

ですから新設する食マネジメント学部では「フードマネジメント」「フードカルチャー」「フードテクノロジー」という3つの分野を総合的に研究し、教育します。国内はもちろん、世界的に見ても、これほど食をトータルで捉えた高等教育機関は見当たらないのではないでしょうか。


食マネジメント学部を設置構想中の立命館大学びわこ・くさつキャンパス

日本の飲食業界に足りなかったビジネスの視点

―― 食材や料理を提供するだけが食ではないという考えは、ビジネスの分野でも活かせそうですね。

確かにその通りです。ユネスコの無形文化遺産に「和食」が認定されたこともあり、今や日本の食は世界的な人気を集めています。しかし、グローバルな視点で見るとビジネスとしては失敗しているケースが多いようです。正確な統計はありませんが、海外には5万軒ほどの和食レストランがあると言われています。ところがその経営者の多くは日本人ではありません。日本人が看板を掲げ、味の評価がされていたにもかかわらず潰れてしまう。そして同じ看板で中国やインドの経営者に代わる、といった事例が世界中で見られています。

食に関わる日本人は、いいもの、おいしいものを作る才能があっても、ビジネスとして収益を上げて経営を回していくことに疎い部分がありますね。また、日本の食関連企業が世界戦略を考えるとき、とにかく「おいしいもの」を作ることに徹底的にこだわる。悪いことではありませんが、それは「日本人にとってのおいしいもの」である場合がほとんど。市場のニーズが高いものを提供するという、ビジネスの感覚を持つ必要があるように思います。

―― 世界的には食をビジネスとして捉え、専門的に教育する機関は多いのでしょうか?

世界的にこの分野は非常に有望であると捉えられており、「MBA(経営学修士)」レベルまで進んでいるのがスタンダードになりつつあります。アメリカには、食品産業マネジメントを学べる世界トップの大学もありますし、中国やインドはこの分野を「国家戦略」としてかなり力を入れて取り組んでいます。

日本はかなり遅れを取っていたのですが、経済産業省が昨年ようやく動き出しました。いわゆるサービス部門に通じる高度人材養成プロジェクトの立ち上げです。今後「経済戦略」として「食関連産業」を日本の産業の中心に考える方向に進んでいくことに期待しています。

世界を見据えた教育・研究環境を

―― 「世界」というキーワードが出てきましたが、グローバルな人材の育成も新学部のミッションとお伺いしています。

グローバル志向は、食マネジメント学部が重視するポイントのひとつです。日本や特定の地域にとどまらずに食をとらえ、問題解決できる人材を育成するため、語学教育にも特徴を持たせるつもりです。

たとえば英語の教育。学生には発信力のある英語を身につけてもらうため、立命館大学でもトップクラスのものにしようと思っています。授業時間は本学の文学部や国際関係学部と同等となる予定です。また、最近は英語専修の流れが強まっていますが、あえてイタリア語などの第二外国語も必修にします。さらにグローバルな環境という意味では、「ル・コルドン・ブルー」の持つ世界的なネットワークを活用した教育も進めていきます。

―― 「ル・コルドン・ブルー」は、食に関する世界的な教育機関ですよね?

1895年にフランス料理の学校として設立された機関で、現在は世界中でガストロノミーやホスピタリティマネジメントを教育する学校を運営しています。提携が実現すれば、立命館大学のキャンパス内でル・コルドン・ブルーとの特別プログラムを受講できるよう準備を進めており、食文化に関するワールドクラスのキャンパスになるでしょう。また、ル・コルドン・ブルーが持つ世界各地の教育拠点との交流も考えられるので、学生にとってはグローバルな感覚を養う素晴らしい4年間になるのではないでしょうか。

食が学問になることを立命館大学から発信

―― 学べる分野も環境も、すべてがこれからの食を見据えているんですね。

文理総合型である食マネジメント学部は「びわこ・くさつキャンパス」に設置します。ここは理工学部や情報理工学部、生命科学部、薬学部といった理系学部がすでに多く集まっています。また、経済学部があり、新学部が開設されれば文化人類学、地理学、歴史学など人文系の研究者も多く集まります。

つまり、びわこ・くさつキャンパスは本当の意味での総合大学の教育を高いレベルで提供できる場所となるわけです。食マネジメント学部は名実ともに世界で一番の可能性を十分に持っていると思います。

―― いよいよ食マネジメント学部の誕生まで1年を切りました。最後に、新学部のミッションを改めて聞かせてください。

食は文化人類学の基本テーマであると同時に、農学や栄養学、経済学、地理学、民俗学など、すべての学問につながります。食文化を学ぶことは「人間を学ぶこと」と言い換えてもいいと思いますね。日本では食は極めて身近な個人的な行為とみなされがちなため、これまで学問として扱われることが多くありませんでした。しかし今は食が地域社会、国家のみならずグローバルな問題になっている時代。だからこそ、食を学問として確立しなければいけません。食マネジメント学部としては、食が学問として成り立つんだということを証明していくことも使命だと考えています。


作ること、食べることだけでなく、社会の問題を解決する鍵やビジネスのツール、そして人類の足跡を辿る研究対象としても食を捉える新学部「食マネジメント学部」。この分野で世界から大きく遅れを取ってきた日本にとっては、まさに大きな一歩となるのではないでしょうか。開設まで残り一年足らず。一期生にどんな学生が集い、ここからどんな風に羽ばたいていくのか、期待はますます大きくなります。