土からやり直す。農業コンサルタントが推進する農家改革の今

いま、日本の食産業はグローバル基準での再定義が求められています。2020年に迫った東京オリンピックやTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の締結に向けて、一億二千万人の胃袋を狙ってくる海外勢。かたや国内農業は、どのような施作を打ち出すべきなのでしょうか?国内農業法人としては最大規模・最多品目数で農産物の安全管理規格である国際認証「グローバルGAP」を取得し、現在は農業コンサルタントとして活躍する松本武さんにお話を聞きしました。

profile

  • 株式会社ファーム・アライアンス・マネジメント 代表取締役

    松本 武(まつもと たけし)

    1989年熊本工業大学(現在の崇城大学工学部)を卒業後、旭化成に入社。医薬事業部においてMR(医薬情報提供担当者)として勤務。1995年末旭化成退職後、家業の農業法人(有)松本農園に入社。2001年に農場用の生産情報管理システムを開発。2012年松本農園の取締役を退任後、株式会社ファームアライアンスマネジメントを設立。国際認証グローバルGAPの取得支援+生産情報管理システムをフランチャイズで提供する事業で全国展開。2014年から2016年には内閣府規制改革会議農業WG専門委員も努める。

いま、農業コンサルタントが求められる理由

―― 松本さんが代表を務める株式会社ファーム・アライアンス・マネジメント(以降、ファーム・アライアンス)では、農業生産のフランチャイズ展開と、それに伴う農業コンサルティングを主な事業内容とされていますね。「農業」と聞くと、畑を耕して、農作物を育てて、出荷して……という作業ばかりをイメージしがちですが、「農業コンサルティング」とは具体的にどのようなお仕事なのでしょうか?

ここ数年、農業の担い手の高齢化、TPPや東京オリンピックの影響で国産農作物がクリアすべき課題が次々と顕在化してきています。特に農産物の安全性では、世界屈指の安全性を誇っているようなイメージがありますが、客観性では先進国の中では最も遅れています。国際的な農産物取引においては国際認証を取得しておくことが世界の常識なのですが、日本では取り組みの遅れがここへ来て注目されてしまっています。世界に通用する農産物の安全管理の国際認証は4つありますが、私たちはその中の一つで、世界で最も取得者数が多い「グローバルGAP」の取得支援に取り組んでいます。しかし日本国内で「グローバルGAP」を取得している生産者は全体の1%程度にとどまっています。ファーム・アライアンスは、そんな日本農業の停滞を打開すべく、合理化された情報管理システムによって国際基準の生産ノウハウを展開しています。

―― グローバルGAPとは、どのようなプロセスを経ることで認証される安全管理規格なのでしょう?

認証の取得には、異物の混入や細菌汚染、農薬などの残留を防ぐためにHACCP的(食品の衛生管理手法)視点として250ほどの項目をクリアすることが求められます。私は1995年に家業の松本農園を継いだ後、2007年に日本の農業法人として国際最大規模・最多品目数でグローバルGAPを取得しましたが、当初はかなり難しい部分がありました。そこで私たちは、物事の視点の置き方を変え、より簡単に理解できて短期間で取得に至る整理を進めました。さらにはエビデンスとしての記録を求められる事からスマートフォンやタブレットから日々の作業を記録することでグローバルGAPの認証をクリアしやすくするクラウドICTシステムを独自に開発しました。

―― つまり、農家は御社の情報管理システムを活用することで、より簡単に、グローバルGAPを取得できるというわけですね。

そうです。我々は、独自のグローバルGAPに対応した生産上の安全管理のノウハウとクラウドICTによる生産情報管理システムの提供をセットでパッケージ化しています。さらに、これを農家に導入してもらうための枠組みとして、「フランチャイズ」という事業形態を取っています。しかし、通常のフランチャイズのように、我々の屋号(社名)を農家が名乗ることは求めていません。また、販路の提供も行っており、販路は各農家の事業規模に合わせて自由に選択できるようにしています。


―― あえて共通の屋号にしないのはなぜなのでしょうか?

いわずもがな、農業とは「ものづくり」です。日本の農家には、それぞれが築き上げ、継承してきたノウハウと生産者としての矜持があります。そんな彼らの「こだわり」に付加価値を感じて野菜を選ぶ消費者だって、少なからずいるはずです。このような農家の特性を汲めば、フランチャイズといえども彼らのアイデンティティを消し去るようなことをするべきではないと思うのです。

農家の構造を刷新し、農業教育に予算を

―― 先ほど、「グローバルGAPを取得している日本の農家は未だに1%程度にとどまっている」とおっしゃっていましたが、これほどまでに外需へのアプローチが求められているにもかかわらず出遅れてしまったのはなぜなのでしょうか?

はっきりと申し上げれば、農水省やその関連分野の学識経験者の方々のピントがずれているためだと思います。実のところ、農水省は平成18年ごろにグローバルGAPの存在を認知しており、平成20年にはグローバルGAPに関する情報交換会も開いています。私も委員として、この会に参加しましたが、そこで学識経験者の先生方が出した結論は「日本の農家に国際認証を取得するのは難しい」というものでした。すでに、発展途上国の農家では当たり前のようにグローバルGAPの取得事例が出ているにもかかわらず、このような発言が出たことには、驚きを禁じえませんでした。

―― 実際、グローバルGAPの取得はそれほど難しくはないものなのですか?

プロの農家が本気になれば、取得できるものです。事実、2014年には青森県の五所川原農林高校の生徒たちがグローバルGAPを取得し、大きく報じられました。家業と学業を両立させながら、部活や定期テストもこなす彼らは、農家よりも忙しい生活を送っているはず。高校生に取得できて、プロに取得できないとは思えません。

―― 年々減少する就農人口と、歯止めのきかない就農年齢の高齢化を鑑みれば、農業高校や大学の農学部に予算を割いて、グローバルGAPの取得をカリキュラムに組み込む、なんてこともできそうですが……

そうですね。農業高校が300校以上もある日本は、農学を学ぶ環境としてとても恵まれています。日本の農業を本気で蘇らせたいと思うのであれば、補助金と交付金頼りになりがちな農家の構造を刷新し、農業教育に予算を割くべきだと心から思います。


―― 若い世代に照準を合わせる、という意味では、スマートフォンやタブレットを活用した御社のビジネスモデルは若手を意識されているようにも思えますね。

できる限りシンプルで使いやすいシステムを提供するように心がけてはいるものの、やはり70代を超えた農家の方々にはスマートフォンやタブレットの操作が難しいようです。そのため、私たちも上の世代の方々に無理強いをするようなことはせず、未来を担う若手農家をターゲットにしています。

―― 若手農家はどのようなモチベーションで御社のシステムを導入するのでしょうか?

合理的な生産システムによってグローバルGAPを取得するということは、それぞれの農家が強みを伸ばしながらも、共通の言語を持って海外で勝負するということです。停滞する国内の農業において、私たちのヴィジョンに希望を見出して、ついてきてくれる方々が多いように感じますね。

―― お話しを聞いていると、松本さんがされていることは一貫して、既存の農業システムを“土からやり直す”ということであるように思えます。

そうですね。既存の農家は、少なからず半官半民のような精神構造を持ってしまっています。しかし、先ほどお話しした五所川原農林高校の生徒たちのように、新芽は確実に芽吹き始めていますし、私たちはその後押しをする役割を完遂しなければなりません。彼らは昨年、オランダのアムステルダムで「G.A.P.Awards2016」の大賞を受賞しましたが、壇上で生徒のひとりが語った「私たちが世界の農業を変えます」という言葉には、胸が熱くなりましたね。

「農業×情報管理」が切り拓く新たな地平

―― 若手農家とともに農業の生産基盤を改革していくなかで、新たな発見やビジネス面での気づきなどもあったのではないでしょうか?

それは大いにあります。私たちは、あくまで「農業を起点にしたビジネスを展開しているだけ」であって、農業だけに固執し続けるつもりはありません。現状、サービスのフランチャイズ展開によって農家から集約された生産データは、農作物を購入した消費者にも閲覧してもらえる情報として開示していますが、今後はまったく別の業界での活用も検討しています。


ファーム・アライアンスが提供する情報管理システム

―― まったく別の業界、というと?

私が今構想しているのは、農業フィンテック(※)です。現状、地方の銀行では、その地域の支店が融資の適正調査を行い、本部が融資決定していますよね。しかし、私たちが集約した各農家の生産データを活用すれば、わざわざ支店が融資の適正調査を行わなくとも、サイバー空間上でAIによる査定が可能となります。さらに、農家の生産に課題などが見つかった場合は、銀行側が能動的にアドバイスを与えることで融資先を育てていくこともできます。

―― 銀行側は融資先の選定工程をスリム化でき、さらに融資のリスクも軽減できる。一方で農家側は、農協だけではなく銀行から融資を受けやすくなる上に、AIによる的確なアドバイスも受けることができる……まさにWin-Winなビジネスモデルですね。

はい。しかも、このビジネスモデルが実現した場合、銀行法の考え方にも影響を与える可能性まで出てきます。現状の銀行法では、支店がない地域に銀行側が融資を行うことはできませんが、サイバー空間上で査定を行うことができれば、その必然性もなくなる、もしくは大きく変えることもありえます。つまり、支店の役割・機能そのものを変える可能性すら出てくるわけです。

―― 農業を起点にしたビジネスが金融分野にまで影響を及ぼし、既存のシステムを変える可能性を秘めているというのは、とても夢のある話ですね。最後に、松本さんの今後の展望をお聞かせください。

これまで私が一貫して抱き続けてきたのは「日本の農業界をフェアな構造に生まれ変わらせたい」という思いです。日本の市場(いちば)では未だに、有名産地の野菜や果物に限って取引時の手数料が1%値引き(歩戻し)されるという価格形成構造が存在しています。一方で、新規参入してきた農家はどれだけいいものをつくっても、手数料が値引きされることはありません。つまり、有名産地の農家にはアドバンテージがあり、新規参入の農家はシェアを拡大しにくいシステムなのです。そんな既得権益でがんじがらめになった構造も含めて改革し、いずれは私たちのような農業コンサルタントの手を介さずとも、農家が自立して産業を発展させていけるようになれば、これほど嬉しいことはありません。
※フィンテック:ファイナンス・テクノロジーの略称。ICTを活用した金融サービスを指す。


就労者年齢の高齢化や就農人口の減少など、日本の農業が抱える課題には根深いものがあります。しかし、先人が守り、蓄積してきたノウハウによって栽培された日本の農作物には、世界の市場でも十分に勝負できるだけのポテンシャルがあるのも事実。農業界の第一線で活躍する松本さんの目には、日本農業のまだ見ぬ地平が映し出されているのでしょう。