よこすかポートマーケットがめざす、フードエクスペリエンス
新鮮なマグロや海軍カレー、そして豊かな土壌が生み出す野菜。神奈川県の南東部にある三浦半島は、恵まれた食の生産地です。2022年10月、そんなこの地域に、商業施設よこすかポートマーケットがリニューアルオープンしました。今回は、いわゆる道の駅とも、ショッピングモールとも一味違うこの施設を手掛けた、運営管理室の子安大輔さんにお話しを伺いました。
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よこすかポートマーケット運営管理室
子安 大輔(こやす だいすけ)
東京大学卒業後、博報堂に入社。 2005 年に共同で(株)カゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースなど、広く「食」に関する業務に携わる。 著書に『「お通し」はなぜ必ず出るのか』(新潮新書)など。
地産地消の港市場ができるまで
―― 神奈川県の三浦半島といえば、鎌倉を中心とした観光名所をイメージする人も多いと思いますが、魚や野菜など、多彩な食材の産地でもあります。今回は、そんな三浦半島の横須賀市にリニューアルオープンした、よこすかポートマーケットでお話を聞きます。運営管理室の子安さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
―― このエリアは記念艦三笠やうみかぜ公園、猿島も近く、家族連れの観光客やカップルのデートスポットにはうってつけの立地ですが、そのような場所にこうして港を一望できる市場をつくることになったのは、そもそもどういった経緯があったのでしょうか?
私はこの施設のリニューアルに際してプロジェクトに加わった立場なので、それ以前の経緯をどこまで語るにふさわしいか、ということもあるのですが、もともとこの場所は、大きな冷蔵倉庫だったのです。その倉庫がリノベーションされ、今のよこすかポートマーケットの前身である、旧ポートマーケットとしてオープンしたのが2013年。この旧ポートマーケットは今とは違って「道の駅」に近く、地元の方々が野菜などを買いに来る場所、という色合いが強いものでした。
―― 今のよこすかポートマーケットは、道の駅というよりは、景観を楽しみながらいろいろなものを食べられるフードコートに近い印象なので、ずいぶん色合いが違ったのですね。
もちろん、旧ポートマーケットにもレストランはあったのですが、集客は難航したようで、2019年に施設をクローズすることになりました。そこで、この場所を管理する横須賀市がリニューアルを担う業者を民間公募で募り、いちご株式会社という企業が運営を担うことになり、同社と以前からお付き合いのあった私たちもお声がけいただき、レストランビジネスの企画と運営を行うことになったのです。
―― 子安さんはレストラン事業の専門家でもあることから、白羽の矢がたったということですね。
いちご株式会社さんも、もともと郊外型のショッピングモールなどは手掛けている企業なので、横須賀市からこの案件を請け負ったのですが、いわゆるショッピングモールのようなものではないものにしたいという思いもあって、外部の私たちにご依頼くださったようです。
―― 自分たちのノウハウの範囲で定型的に運営するのではなく、この土地にあわせて柔軟に外部の知見を取り入れるというのは、実に合理的ですね。よこすかポートマーケットに出店している飲食店は、チェーン店がほとんどない印象を受けるのですが、この場所をリノベーションするにあたって、まずどのようなことを考えられたのでしょうか?
正直に言うと、僕はそこの部分はあまりタッチしていないのでどういう経緯だったかというお話だけさせていただくと、場所的にはここは駅からちょっと離れていますし、駐車場が充実しているわけでもありません。そのため、ナショナルチェーンはここで商売しても勝算を見出しづらいだろうという前提がありました。ですから、テナント誘致活動はかなりハードルの高いものだったのだと思います。
―― チェーン店が勝算を見込まないであろう場所となると、そこに出店を決断するお店のハードルはさらに上がりそうですが……
私たちはこの施設を運営するために「株式会社フードエクスペリエンス三浦半島」という新会社をつくったのですが、この社名に入っている「フードエクスペリエンス」という言葉には、横須賀や三浦半島というこれだけ自然に恵まれた場所で、食から広がる価値を発信していきたい、という思いを込めています。地元の事業者さんも、当初は出店に消極的だったのですが、リノベーションしたこの空間を見ていただくうちに、「この場所、こんなに素敵だったっけ?」と見直してくださって。そこからは、ひとつの事業者さんが出店を決めると、そこからは地元の横のつながりで「私も出店するから一緒に出店しようよ」と数珠繋ぎ的に出店者が増えていきました。
―― 地産地消の食の価値を提示するうえでは、有名なチェーン店を集めるよりも、そうして地元密着型の事業者が数珠つなぎで集まったというのは理想的ですね。ところで、三浦半島の食の価値を提示する、というこの施設のコンセプトは、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか?
三浦半島の中でも、鎌倉、逗子、葉山エリアまではブランドとしてできているのですが、それが横須賀・三浦となった途端に「あれ? 何かあったけ?」となるんですよね。マグロあったよねとか、海軍カレーがあったねとか、そこで止まってしまっているんです。とはいっても、ここは海に囲まれた環境ですし、農家さんも大勢います。もっと発信できる価値があるはず、という思いをプロジェクトにかかわっているメンバーは当初から持っていました。
―― そもそも旧ポートマーケットが道の駅的なものだったとのことですが、道の駅も「地元の産物を売る」という点では、今のポートマーケットが大事にされている地産地消という方針とは変わりません。旧ポートマーケットとの最大の違いは何だと思われますか?
ひとつはこの空間構成だと思います。おいしいとか安いということももちろん大事なのですが、買い物という体験自体がどうなのかというと、旧ポートマーケットはどうしても安さや新鮮さといった商品のスペックを基準にしていました。そこで、新たなポートマーケットでは、「この空間が気持ちいいからコーヒーを飲もう」とか「お刺身を買おう」という体験をプラスして提供したいという思いで空間を構成しています。
―― 食べ物をただ買うのではなく、遊園地などに遊びに行くのと同じように、ここに遊びに行きたい、というモチベーションを生み出せるかどうか、ということですね。実際にオープンしてみて、お客さんからの反応はいかがでしたか?
反応自体は大方想定通りでした。この場所は気持ちいいねと言ってくださいますし、それと同時に値段が割高だという声もいただきます。観光客の方と地元の方、両方来ていただくのですが、どちらがメインターゲットとなるかというと観光客の方になるので、少し観光地価格になっているというのはあります。これは本当に悩ましいところですね。
―― やはり、景観のよさは食事のおいしさと相まってこの場所の「フードエクスペリエンス」を担う重要な要素のようにも思えるのですが、この空間をつくりあげるうえではどのような部分にこだわりましたか?
海が見えるということが立地的には大事なところです。普通のオーシャンビューとは違って、軍艦が見えたり、フェリーで運ばれていく新車が見えたりと、この港ならではの景観があるので、それをしっかりと楽しめるようにしています。フードコートで各店舗の食べたいものをお客様が好きに組み合わせて選んで、景色を見ながら楽しむのは気持ちのよい体験なのではないかと思います。
コンセプトとマーケティングありきの世界から飛び出したワケ
―― ここからは少し、子安さんご自身のこれまでのご活動についてお聞かせください。子安さんは大学卒業後は広告代理店に就職し、しばらくお勤めだったそうですが、なぜ今のようなお仕事に就かれたのでしょうか?
大学時代はマーケティングのゼミに所属していて、ブランド論を専攻していました。そこで学んだことを役立てるうえで広告代理店はイメージしやすかったので就職し、マーケティングのセクションで飲料や食品のデータ分析やプランニングの仕事を担当していたのですが4年ほどで退職しました。
―― なぜ広告代理店を辞めたのですか?
仕事は楽しかったのですが、私にとっては少し虚しさもある4年間だったんです。既に市場が飽和しているなかで、新しい商品を生み出すためにコンセプトワークをし続けるけれど、広告代理店はエンドユーザーとの距離が遠い業界なんですよね。リアリティがないとういか、その虚しさに疲れてしまったというのが退職の理由です。
―― それは確かに疲れてしまいそうです。
ええ。私はもともと大学時代に飲食店でアルバイトもしていて、その時は飲食業界を就職先として視野に入れていなかったのですが、ふと、あの時のあの世界は楽しかったし、リアリティがあったなと思い返すようになっていったんです。わかりやすく人を幸せにできる世界で仕事がしたいな、という思いを抱きだしてからはムクムクとその思いが強くなり、辞めるなら早いうちがいいと思って広告代理店を退職しました。
―― そこからどのようにして、今のような食にまつわる企画と運営のお仕事にシフトされたのでしょうか?
私の今の上司にあたる中村悌二という人がいるのですが、代理店を退職したあとでその人に弟子入りをしました。退職時から外食産業へ行こうとは決めていたのですが、行き先は慎重に選ばなければとは思っていて、1年くらいかけて次の働き先を探していました。そのなかでたまたま読んだ本に中村のことが紹介されていて。今は絶版になってしまったのですが、『アイラブレストラン―新時代のレストランオーナーたち』という本です。この本が全3巻あるのですが、1巻につき5人のレストランオーナーの半生を掘り下げて書いている名著なんです。全3巻で延べ15人分の話を読んだのですが、その中で自分が一番共感できたのが中村という人間で、「この人とは価値観が合う」と思ったんです。
―― 子安さんは中村さんのどのような考えに共感したのでしょうか?
単純なチェーン店をつくろうとしないということです。彼が手掛けるお店は、一つひとつ店づくりが違うというのが大きな特徴でした。よくどんなジャンルでもコンセプトが大事といわれますが、自分が客として訪れて素晴らしいと思う飲食店を思い返したときに、そこに本当にコンセプトがあるかというと実はないんじゃないかと思うんです。コンセプトというよりは、例えばきちんと旬の食材を丁寧に調理して丁寧に接客して気持ちいい空間であるか、といったような全体の調和が大事なのでは、と。そういった視点を大事にしながら仕事をしているのが中村という人だったので、素晴らしいなと思いました。
―― 「コンセプト」とうたってしまった時点でマーケティング的な思考が入ってくるというか、純粋な動機から少しずれますよね。
そう思います。中村と私は、現在株式会社カゲンという会社で飲食にまつわるマネジメントやプロデュースを担当しているのですが、クライアントからの依頼で多いのは、「自社で何をつくっても似たようなお店になってしまう」という悩みです。
―― となると、広告代理店時代の仕事と断絶しているわけではなくて、かなり近いけれどより現場のお客さんに近い仕事を今はされているということなんですね。
プランニングの領域が完全に食に特化したというのが広告代理店時代との大きな違いだと思っています。
―― 子安さんのお仕事のご経歴を改めて伺うと、よこすかポートマーケットをつくるうえで大切にされてきた考え方も、そこと地続きなのがよくわかりました。外から名のあるチェーン店やコンセプトを持ち込むのではなく、あくまでその土地に元からある価値、食材を大事にされているのがこの施設ですね。よこすかポートマーケットは、まだ10月にオープンしたばかりですが、これから新たに挑戦していきたいことはありますか?
まだやりきれていないこととしては、地域の生産者さんをもっと紹介していきたいと思っています。例えばポートマーケットのインスタグラムやブログもそうですが、今は自分語りになっていますが、今後は僕らが出向いて行って、地元のよい野菜の生産者さんを取材し、そのコンテンツがブログに載っている、というような経験を積んでいく必要があると思っています。当然、ポートマーケットの立場としての活動ではあるのですが、「この地域面白いよ」という発信をすることで、「じゃあ今度行ってみよう」と思わせていきたいです。ここは決して大きい施設ではないので、ここだけでお客様を満足させられるとはとても思っていません。でも、来ていただけたら気持ちよく過ごせる、そんな空間にしたいですね。そして三浦半島全体の食の体験をつなぐハブになっていけたらと思っています。
地域の価値を外へ発信するための導線として、来訪者を迎え、そして送り出す。よこすかポートマーケットが担うのは、その名の通り、人とモノを繋ぎ、動かす港そのものです。三浦半島の新たな観光名所として、この港はさらなる発展をとげていくことでしょう。
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