2018.02.08

Column

フードサービスから働き方改革を考える

アベノミクスが掲げる「働き方改革」は、一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジとして位置づけられ、労働生産性向上や、女性や高齢者など多様な人材が働きやすい社会に変えていくことが求められています。労働生産性向上というと、効率の良い働き方をして残業時間を減らすことが一般的によく言われますが、実は、働く人の満足(従業員満足)と深く関わっているのです。

profile

  • 青山学院大学 助教

    野中 朋美(のなか ともみ)

    専門は生産システム工学、サービス工学。従業員満足や生産性などの人の情報を起点とした生産システム設計の研究に従事。現在、食サービスを対象に持続可能なサービスシステムデザイン研究に取り組んでいる。好きな食べ物は、トマト。

働く人が満足する職場は顧客満足度が高い?

皆さんは、仕事をしながらどんな時に満足を感じるでしょうか。上司や仲間に褒められた時、自分が成長していると感じられた時、達成感を感じた時など様々な場面が思い浮かぶかもしれません。心理学者のハーズバーグは「二要因理論」の中で、職務に対して満足する要因(動機づけ要因)と、不満をもたらす要因(衛生要因)の2つの要因を明らかにしました。動機づけ要因には、「承認」「成長」「達成」「仕事そのものに対する満足」や「責任」などが分類され、これらの動機づけ要因が満たされることで、人は満足を覚えモチベーションを向上させることができます。ここでのポイントは、動機づけ要因と衛生要因は対の関係ではないという点です。「給与」や「労働環境」が分類される衛生要因の不満をいくら解消しても、それは不満足の解消につながるだけで職務満足には至りません。

サービス研究の分野では、従業員満足とサービス品質の関係が研究されています。へスケットは、従業員の満足はサービス品質の向上を通じて顧客満足やロイヤリティを向上させ、最終的に収益向上につながるという「サービスプロフィットチェーン」を提唱しています。従業員の満足と顧客満足は互いに関係しているのです。

レストランサービスにおける生産性とは?

フードサービスの事例として、飲食店におけるサービスを考えてみましょう。おそらく多くの人は、レストランや居酒屋、ファストフード店など一度は飲食店に訪れたことがあると思います。レストランでは、「料理」とそれに付随するサービスが提供されています。店内の雰囲気や、テーブル・いすなどの設備、ホールスタッフによる接客もお店が提供するサービスに含まれます。レストランサービスは、調理・配膳と喫食において生産と消費が同時に発生する「同時性」や、消費者側と提供者側双方の「異質性」などサービスの特徴的な特性を有しています。一般的に、製造業における工場生産では、ある機械が生産・加工する材(部品や製品)はその機械の性能によって一定範囲の品質に収まります。しかし、レストランでは、例えばひとりの調理人が仮に2皿を同時に同じ品質で調理したとしても、それを食べる顧客によって知覚される品質が異なります。この異質性により、品質が顧客との関係によって影響される点に面白さがあります。

労働生産性は、付加価値を労働投入量で除した値で計算されます。労働生産性向上は、分子の付加価値を高めることと、分母の労働投入量を減らすことの両輪です。フードサービスでは、サービスの異質性や労働集約的な作業が多いことにより、分子・分母双方のアプローチに対して難しさがあるといえます。

顧客の声を改善や成長につなげることで従業員満足が高まっていく

レストランにおいて顧客と従業員が近いことは、動機づけ要因における成長や達成を感じやすい環境であると捉えることができます。仕事において何らかの工夫や改善を行った場合、その結果としての顧客の評価を従業員が知ることは一般には難しい場合が多いです。例えば、車のデザインを考えてみましょう。顧客に、より喜ばれ、売れる製品を生み出すために、企業はマーケティングや技術開発を行います。近年は、開発の過程で消費者を巻き込むデザイン手法も多く取り入れられていますが、一般には発売後に開発者が消費者の評価を得るためには、消費者調査やアンケートを実施しその結果を知るなど、時間的にも空間的にもアクセスには一定の距離が存在します。一方で、レストランサービスでは生産と消費の場、すなわち調理場とフロアの距離が近く、顧客の声を拾い、それを生産の現場にフィードバックすることを早いサイクルで回すことが可能です。このため、改善のきっかけや成長を感じる機会を多く設定することが可能となります。

お店の経営がうまくいっている店長さんにお話を伺うと、この改善のサイクルがうまく回っていることが多いです。従業員同士が創意工夫を多く実施し成長していくことで、従業員の満足が高まるだけでなく、店全体の生産性や品質が向上し、それがお客様の満足につながっていく。結果として店舗利益が向上するというサービスプロフィットチェーンがまさに体現されているといえます。つまりは、成長や承認のきっかけとなる刺激、ここでは「顧客の評価」の情報を媒介として、いかにその刺激を職場でうまく活用できるかが従業員の満足と労働生産性向上のキーとなるといえるでしょう。これはフードサービスのみならず、多くの職場に応用することが可能ではないでしょうか。