2020.11.11

Column

アクション・バイアス ~変革型パティシエの探求~

アクション・バイアスとは変革に成功した企業や個人に共通する、まず行動することにより目標を成し遂げようとする姿勢のこと。競争が激しいパティスリー界で、トップを走り続けるクリオロ(東京、2003年設立)の経営者お二人をゲストに迎え、経営学で語られる「アクション・バイアス」について考えてみましょう。

profile

  • 立命館大学食マネジメント学部
    教授

    金井 壽宏
    (かない としひろ)

    専門は経営学(組織行動論、経営組織論、キャリア論)。仕事人生の充実や幸せ、仕事のやりがいといった、働く個人も組織も幸せになるための理論を研究し、新しい人間重視の経営学・組織行動論をテーマとしている。

  • シェフパティシエ

    サントス・アントワーヌ

    2003年にパティスリー「エコール・クリオロ」をオープン。世界的にも高い評価を得るシェフとして様々なメディアや雑誌にも取り上げられている。


    クリエイティブ・ディレクター

    サントス・愛

    シェフの妻であり、エコール・クリオロの専務取締役。 クリエイティブ・ディレクターとして、マーケティングや販売に関する全般、社員教育、SNSやブログなど幅広く手掛ける。

―― フランス人と日本人のお客さんが好むものに違いはありますか?

サントス・シェフフランスでは「美しい」ものが売れます。見た目が大切なのです。日本の場合は「美味しそうな」ものが売れます。私は日本で陶芸をやっているのですが、フランスの陶器は艶やかで完璧なシルエットであるのに対して、日本のそれは形をきれいに作ってから、あえて崩すことで味を出します。ケーキの趣向も同じです。日本では芸術的な美しい飾りにこだわるよりも、イチゴやナッツをのせて美味しさを伝えます。もちろん「美しくて美味しい」がベストです。
面白いのはフランス人はパティスリーに行く時には、あらかじめ何を買うか決めています。ミルフィーユやオペラ、エクレア、レリジュ-ズなど毎日の食後に食べる定番を買います。一方日本人は特別なスイーツとして、お店のショーウィンドウを眺め、どれにしようかと選ぶことを楽しむのです。ですから日本ではたくさん種類を作ることも大切です。秋はモンブランがブームなので、店舗でいろいろと試作して9月には「モンブランフェア」を開催し、モンブランが5種類並ぶこともありました。特に栗とマンゴーの組み合わせは絶妙で大発見でした。

―― どのようにトップの座をキープしているのでしょうか?

サントス・シェフ研究と試作を繰り返すことが大切です。妻やスタッフと一緒に色々なパティスリーを巡るのですが、私たちが作るものよりも美味しいと悔しくてたまりません。すぐにお店のラボで試作を始めます。東京では美味しいものはあちこちのお店でどんどん出てきますから、私たちも同じものを作っているだけではダメなのです。店のパティシエたちも色々と提案してくれるので、どれもしっかり聞いてすべて作ってみます。お客さんと直に接する販売員の意見も取り入れて、オペレーションにも工夫を重ねています。
常にマインドをオープンにしておくことが大事なことです。日本でお店を始めた時に、フランスで作っていた自信作のお菓子がなかなか売れず、妻やパティシエたちから「スポンジが足りない、ちょっと硬い、少し生クリームを足した方がいい」など日本人の味覚の感覚からたくさん指摘をされました。とてもショックでしたが、甘さや軽さなど日本人の好みに合うように一つひとつ改良していき、結果本当に美味しいものができました。そのプロセスのおかげで、私は一気にオープン・マインドになれたと思います。
こうしてできた日本人のテイストに合うお菓子は、私のラボへ視察に来るフランスのトップ・パティシエたちにも好評で、彼らがクリオロのスタイルを取り入れパリではスイーツの“日本化”が進んでいます。日本とフランスの文化が融合して、より高い水準のスイーツが生まれているのです。

―― 愛さんは、コロナ禍で新しく取り組んだことはありますか?

愛さんどちらかと言うと止めたことの方が多いと思います。すぐに店内のカフェを止める決断をして、バレンタインの百貨店への出店もすべてお断りしました。出店するとなるともう作り始めなければなりませんが、来年の2月の状況は誰にも分かりません。
一方、今夏はECが伸びて売上げは去年の3倍になりました。「巣ごもり需要」でスイーツをECで買うという選択肢があらわれたのです。これからはネット販売の時代だと思います。冬に向けて需要も高まりますので、注文があるのに生産が追いつかない、もしくは余ってしまうということにならないように、販売計画とロジスティクス(原料の手当てから販売まで物流を効率的に管理すること)を見直しているところです。
今は採用ブランディングにも力を入れ、やる気があって長く勤めてくれるスタッフを雇い入れようと思っています。HPではお店のバックヤードで活躍するスタッフをもっと紹介していくつもりです。モティベーションの高い仲間と一緒に働いて、皆で知恵を出し合いながら美味しいスイーツを作っていきたいですね。


バイアスという言葉はそのようにするのがとにかく好きだし、自分のクセにもなっているいわば傾きを指す言葉です。皆さんの身の回りにも何か新しいことに取り組む時には、慎重に考え、考え抜き、さらには考え込み過ぎてアクションがなかなか取れない人もいることでしょう。
ここでのアクションとは、思い切った第一歩を踏み出す勇気、そこから生まれる第一歩の動きのことを指しています。世の中には迷うようだったら手を出すのを止めるタイプの慎重なリーダーもいれば、新しいことなので上手くいくかどうかわからなくても「まずは着手してみる」ことが肝心だと考え、「やるべきことならすぐに実行する」という態度・構えや、実際の行動が比較的即座に取れる実行重視のリーダーもいます。慎重なリーダーも組織には必要ですが、果敢に決断し思い切って速やかに実行に移せるリーダーは不足しがちです。パティシエの世界でも、アクション・バイアスを発揮できる人材がこれからいっそう大切になっていくでしょう。

推薦図書:『アクション・バイアス——自分を変え、組織を動かすためになすべきこと』著・ハイケ・ブルック、スマントラ・ゴシャール(東洋経済新報社、2015年)