ブルガリアに大きな影響をもたらした日本のヨーグルト

ヨーグルトといえばブルガリア!ですが、ヨーグルトはモンゴル、インド、中近東など様々な地域の伝統食品でもあります。では、なぜ日本ではブルガリアのヨーグルトが一般的になったのでしょうか。

profile

  • 関西学院大学 非常勤講師

    マリア・ヨトヴァ

    専門は食文化論、ヨーロッパエスノロジー。ブルガリアと日本をフィールドとして、食文化や食育、ナショナル・アイデンティティ形成に関する研究調査をおこなっている。好きな食べ物はヨーグルトの冷製スープ「タラトル」。

ヨーグルトをめぐる私の研究

「ヨーグルト?毎日食べるよ」。ブルガリア出身の元大関琴欧洲が食品メーカーの広告に出ている姿をご覧になった方は多いと思います。日本では、ヨーグルトをたくさん食べることで知られているブルガリア人。琴欧洲のこの言葉にも説得力があります。また、この広告では、牧歌的風景の背景にゆったりとした平穏な生活を送る人々が登場しており、「ヨーグルト大国」ブルガリアの美しい姿が映し出されていました。

日本では「ヨーグルト=ブルガリア」というイメージが強いですが、そもそも、ヨーグルトはブルガリアだけではなく、モンゴル、インド、中近東など様々な地域の伝統食品です。では、なぜ日本の企業はブルガリアのヨーグルトに着目したのでしょうか。こんな素朴な疑問は、私のヨーグルト研究の出発点となりました。この研究を始めてから約10年が経ちましたが、これまで、日本とブルガリアを中心に、健康食品あるいは国民表象としてのヨーグルトの育成に主体的に関与した経営者、研究者、為政者、そしてヨーグルトの伝統的食文化の継承を担った人々の活動に注目しながら、人類学のフィールドワークを行ってきました。

長寿食として注目されたブルガリアのヨーグルト

19世紀の末期は、パスツールの研究をはじめ微生物学が大きく進展しはじめた時代です。当時、ロシア出身の生物学者メチニコフは、免疫の働きや、老化と腸内腐敗を研究していました。メチニコフは、腸内の腐敗菌の働きを抑えるためには、ヨーグルトに含まれる乳酸菌が効果的であると推論。この考えを実証するための研究を続けました。様々な乳酸菌が存在するなかで、彼はブルガリアの人々が常食としているヨーグルトに含まれる乳酸菌に注目し、それが長寿につながると発表したのです。

1908年にノーベル賞を受賞したメチニコフのお墨つきを得たブルガリアのヨーグルトは、当時大きな注目を集め、研究者はもとより、企業家からも多くの関心をひきつけます。これまで欧米文化圏ではほとんど知られていなかったヨーグルトは、欧米の庶民の間でも「長寿食」として話題になり、徐々に食生活に浸透していきました。

メチニコフの研究から発生した「長寿食」という言説は、後にブルガリアにおけるヨーグルトの研究にも大きな刺激を与え、ブルガリア人が昔から食べていたこの乳製品に歴史的な転機をもたらしました。また、それは日本初のプレーンヨーグルトの誕生にもつながり、日本のヨーグルト市場に大きな影響を与えることとなったのです。

現在、メチニコフはヨーグルトの宣伝広告に起用されるほど、そのブランド形成において重要な役割を果たした人物であり、彼の誕生日5月15日は日本の食品メーカーによって「ヨーグルトの日」として制定されました。

ブルガリア人にもたらす「誇り」

他方で、ブルガリアでは、日本のメーカーとライセンス契約を持つ国営企業LB社の唯一のテレビ宣伝において、「フクスノ(おいしい)!このヨーグルト、もう少し食べてもいい?」とブルガリア語で尋ねる日本人男性が登場しています。ブルガリアの国営企業が、国内消費者に対して自社製品をアピールするために日本人を採用していることに対して、違和感を覚える人もいるかも知れません。しかし、「日本の登場」はそれだけではないのです。

例えば、LB社のホームページを見ると、「2400万人の日本人はブルガリアのヨーグルトで新たな1日を迎える」や「日本におけるブルガリアのライセンス契約によるヨーグルトの生産量は20万トンに及ぶ」など、日本のヨーグルトについての掲載が多いことに気付きます。同じような情報が新聞記事や日本関連の報道などにおいても紹介されることが多く、興味深いことに、そこにはほとんどの場合、経済大国日本へのブルガリア菌の輸出やブルガリアのヨーグルトの受容について触れられているのです。

今日の日本では、「ブルガリアといえばヨーグルト」というようにヨーグルト抜きにブルガリアを語ることができないのと同様に、民主化以降のブルガリアにおいても、日本のヨーグルトなくして自国のヨーグルトを語ることはできません。なぜなら、「日本」という鏡に、自然豊かで美しい「長寿国」ブルガリアが映し出されており、それはブルガリアの人々に誇りを与えているからです。日本で「本場の味」が高く評価されることは、ヨーグルトに象徴されるブルガリアの自然・文化・歴史、ひいてはブルガリアという国そのものが認められているという自己意識につながっているのです。

このように、「ブルガリアのヨーグルト」というブランドは、日本のプレーンヨーグルト市場に多大な貢献をしただけではなく、国際舞台におけるブルガリアの成功をも象徴しているのです。