2019.01.15

Column

「食」から振り返る平成の30年(後編)

食を学ぶ。それは社会を学ぶということ。仕方なく引き受けた「平成の30年間に起きた食に関する出来事」の考察は、日本社会の歴史的変化をつづる作業でもありました。後編では、食の格差問題とグローバル化について解説します。

profile

  • 立命館大学食マネジメント学部 教授

    南 直人(みなみ なおと)

    専門は西洋史学・食文化。ドイツをフィールドとして食料生産、食物消費、ジャガイモやコーヒーの普及、食をめぐるイデオロギーの歴史的変化などを研究。好きな食べ物は、お好み焼き。

食の分野にも広がりを見せる「格差」

平成の30年間は、バブル経済崩壊後の長期的経済低迷に彩られた時代です。そこから脱するため経済を活性化させる諸政策が打ち出され、今のところそれが功を奏して一応ある程度の景気拡大が実現しています。しかしその反面、そうした政策がもたらした弊害も顕在化しつつあるといえます。その一つが格差の問題であり、それが食の分野にも影を落としています。それは社会的弱者、とりわけ子どもの食生活に端的にあらわれており、2012(平成24)年の国民生活調査で、6人に1人の児童が貧困状態にあることが明らかにされ、社会に衝撃を与えました。実際、給食のない夏休みには子どもが痩せていくという、児童福祉現場の声を聞いたことがあります。こうした悲惨な現状を改善するための諸努力も行われ、たとえば子どもたちに無料・低額で食事を提供する「子ども食堂」がさまざまな組織によって開設されるようになりました。2018(平成30)年には全国で2200か所以上存在するといわれています。

しかし格差はこれだけではありません。東京一極集中と地方経済の衰退・人口減少という地域間格差もまた平成の30年間に拡大してきました。食に関してみると、これは食料を生産する第一次産業の衰退を意味し、一国の浮沈にかかわる深刻な問題ではありますが、他方その食をテコにして地域を活性化しようという試みも近年盛んに展開されています。その興味深い事例の一つが、「B-1グランプリ」という地域に根ざした「B級グルメ」による地域興しのイベントです。2006(平成18)年青森県八戸市で行われた第1回目以来、現在まで毎年開催され大きな注目を集めています。こうした食による地域振興の努力は、最近では自治体レベルで大学の研究者も協力しつつさまざまな形で取り組まれており、山形県庄内地域のように世界的に評価された例もあります。ちなみに立命館大学の食総合研究センターでは、2018年の12月1日に「郷土食の革新と地域ブランディング」というテーマでシンポジウムを開催し、その山形を始めとするなどいくつかの事例を紹介しました。

「食」もグローバル化の時代へ

最後に1980年代ごろからの大きな流れとして、食のグローバル化(国境を越えた食料や料理、食文化のダイナミックな移動)と、その中で最近顕著にみられるようになった「和食ブーム」について触れておきましょう。これはもちろん、日本だけではなく世界的な現象ですが、あらゆるレベルでのヒトやモノの世界的な交流が進むにつれて、それに付随して食のグローバルな展開が急激に進展しており、食を経済成長や観光のための一つの重要資源として利用しようという各国の思惑もそれにあいまって、今や食ビジネスは非常な勢いで世界展開しているといえます。日本でもその流れに掉さすかたちで、2013(平成25)年「和食」のユネスコ無形文化遺産登録を実現させ、さまざまな政治的、経済的、イデオロギー的思惑が絡み合いつつ、「和食ブーム」が続いています。近年の外国人観光客の激増もそれに拍車をかけており、京都の最高級の懐石料理から地方都市の郷土料理、さらには一般的な庶民レベルの食事まで、「Japanese Cuisine」への関心はますます拡大しつつあります。この現象を学問的にどう研究していくか、立命館大学食マネジメント学部が日本の食研究の中心になるためには、これもひとつの課題となるのではないでしょうか。