2019.04.01

Interview

惣菜サービスが企業を救う! 「オフィスおかん」が勝ち続ける理由

オフィスにいながらにして、一品あたり100円で管理栄養士が監修した惣菜を購入できるサービス「オフィスおかん」。2013年に個人向け「おかん」としてスタートし、2014年より法人向けへと展開したこの「ぷち社食サービス」は、管理の手軽さと品質の高さが話題を呼び、わずか5年間で1500社もの企業に導入されました。大手企業が個人をターゲットにした宅食事業に次々と参入するなか、「オフィスおかん」が法人へ向けて事業を展開したのはなぜなのでしょうか? 若干27歳で同社を起業し、代表取締役CEOをつとめる沢木恵太さんにお話を伺いました。

profile

  • 株式会社おかん 代表取締役 CEO

    沢木 恵太(さわき けいた)

    1985年長野県生まれ。中央大学商学部卒業後、フランチャイズ支援および経営コンサルティングを行う一部上場企業に入社し、新規事業開発に携わる。その後、Web系企業の事業責任者を経て、教育系ベンチャーのスタートアップメンバーとして参画。2012年12月に起業。2013年より個人向けお惣菜定期仕送りサービスを開始。2014年に法人向けぷち社食サービス「オフィスおかん」をスタート。今年1月には、“働きつづけやすさ”を見える化するツール「ハイジ」β版をリリース。働くヒトのライフスタイル支援の事業展開を続けている。

「オフィスおかん」はいかにして生まれたのか

―― 健康と味にこだわり抜いた惣菜をオフィスの冷蔵庫から手軽に購入できる。そんなわかりやすいコンセプトが多くの企業の共感と注目を集めている「オフィスおかん」ですが、沢木さんがこのサービスを起案されたきっかけはなんだったのでしょうか?

今でこそ、私は「食」にまつわる仕事をしていますが、実は私にとって、食はあくまで手段であって、目的ではありません。現に、大学を卒業して、新卒で入社したのは食とはまったく関係のないコンサルティング会社でした。そこからゲーム開発会社、教育系のスタートアップ企業を経て、「オフィスおかん」の起業へと至っています。

私は前職で不規則な生活がたたって体調を崩し、仕事を休んでしまったことがありました。そのときに、「どれだけやりがいを感じている仕事でも、自分の健康が損なわれてしまうとそれを続けることすらできなくなってしまうのだ」ということを痛感したのです。私の場合、その原因が日々の食生活の乱れでした。そこで、「食」という手段によって、自分と同じような問題を抱える方々をサポートしていく仕組みをつくっていくことはできないか、と考え「オフィスおかん」が生まれたのです。


オフィスに冷蔵庫と専用ボックスを設置するだけで、健康的で安心・安全な美味しいお惣菜をいつでも食べることができる。

―― ご自身が直面した健康面の問題が、このサービスの原点になっているのですね。昨今では、過酷な労働環境におかれて健康を害してしまう社会人が数えきれないほどいますが、実際にサービスを始動してみて、思わぬ反響や、賛同の声も届いたのではないでしょうか?

当初は個人的な動機や問題意識からはじめた「オフィスおかん」でしたが、実際に事業をスタートしてみてわかったのは、企業側、つまり「オフィスおかん」を社員へ提供する法人側のニーズの強さでした。少子高齢化が進み、労働人口が減少の一途をたどる現在の日本では、リーマンショックを下限として有効求人倍率が上昇し続けています。それに伴い、「人材不足」を理由に倒産する企業も年々増加しており、多くの企業にとって、労働力の確保は急務の課題となっています。労働人口そのものが減少していくことは避けられませんが、離職率を下げることはできるはずです。

ここで指標になるのが、アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグによる、企業で働く人々の離職理由を分析したレポートです。彼は、その要因が大きく2つに分けられると論じています。1つは「動機付け要因」。これはいわゆる職務内容への共感や「やりがい」といったモチベーションですね。人はこのモチベーションが低下したときに仕事を辞めたくなります。そしてもう1つの要因が、健康や家庭と仕事の両立、そして職場の人間関係といった「衛生要因」です。厚労省の調査によれば、現在、日本の企業ではこの衛生要因を理由に退職する人が全体の8割近くいるとされています。

こういった課題を抱えている企業からすると、社員の食生活をサポートし、「衛生要因」の不安を取り除く「オフィスおかん」は、福利厚生として非常に理にかなったものなのです。このあたりのニーズの高まりは、事業を始めて、さまざまな企業の方々から話しを聞くなかではじめて知ることができました。


―― 社員のための福利厚生サービスのひとつとして、「オフィスおかん」の導入に意義を感じる企業が多いということですね。

ええ。弊社では個人向けの宅食サービス「おかん」も提供してはいるのですが、実際に「オフィスおかん」を導入してくださっている企業の方々の声を聞いてみると、「勤務中にオフィスで購入した『オフィスおかん』の惣菜を家に持ち帰り、家族で食べる夕食のおかずにする」といった使い方をされている方も多いです。現時点での弊社の売り上げも、98%近くが法人向けサービスによるものですので、今後も法人に軸足を置いて社会で働く方々一人ひとりの健康面をサポートしていければと考えています。

食の小売りが抱えるリスク

―― 「オフィスおかん」の立ち上げに至るまでに、コンサルティング会社、ゲーム開発会社、教育系スタートアップ企業と、食とは縁遠い業種を経験されてきたとのことですが、沢木さんご自身は早い段階から起業を見据えていたのでしょうか?

30歳までに何かしらの事業を自分の手で立ち上げたい、という思いは割と早い段階で抱いていました。ただ、先ほども申し上げたように食はあくまで「手段」であって、私にとっては「目的」ではありません。私は就職活動をしている頃から、「社会に広く影響を与える仕組みを生み出す人間になりたい」という思いを抱いていました。そして、新たな「仕組み」を生み出すためには、どのような業界で経験を積み、起業に必要なキャリアを描いていくべきか、ということが重要になってきます。新卒でフランチャイズにフォーカスしたコンサルティング会社に入社したのも、世界的に浸透しているフランチャイズというビジネスモデルを理解する必要があると考えていたからですし、その後、ゲーム開発会社へ転職したのも、自分の手で事業を起こすにはITの知識が不可欠だと感じていたからです。

―― 起業のために必要なスキルと経験を、転職を経て身につけてこられたわけですね。先ほど、御社では個人向けの宅食サービスと法人向けのサービスの2種類のパッケージを提供しているとお話されていましたが、「オフィスおかん」を起業した2012年時点には、すでに他社が宅食サービスを広く展開していましたね。他社サービスとの差別化はどのように図ったのでしょうか?

いずれは法人向けサービスをスタートしたいとは考えていたのですが、まずは着手しやすい個人向けサービスから始動しました。いざはじめてみると、一定の反響は得られたものの、B to Cで直接マスに対して食を提供することの難しさを痛感することになりました。当時すでに大手競合企業の惣菜宅配サービスが浸透していましたから、どれだけ我々が食材や品質にこだわった商品を提供していても、かなりのマーケティングコストを割かないことには太刀打ちできません。そこで、法人に特化してアプローチする戦略へとシフトすることで、差別化を図っていきました。

―― 食品を扱う事業である以上、在庫のコントロールや売り上げの予測などのリスクも常について回るわけですが、そのあたりのリスクヘッジはいかがですか?

食品小売りビジネスの辛いところは、まさにその部分ですね。在庫を適切にコントロールできなければ大きなロスを生んでしまいますし、売り上げの予測も難しく、常に変動の波が生じてしまいます。このリスクを解決するビジネスモデルを考えるうえで、参考になったのがアメリカに本社を置くコストコ様が導入している手法でした。コストコ様では、消費者に月額の会員制サービスを提供することで、安定した収益を成り立たせることに成功しています。月額制にすることで毎月お店へ買い物に来てもらうことを約束し、その代わりに商品は他店よりも安い原価で提供する。これにより、通常スーパーマーケットで生じる売り上げの振れ幅を最小限にしたわけです。


「オフィスおかん」もこのモデルに倣い、月額制の契約を結ぶことで導入企業数を固定し、在庫の上限値を可視化しています。また、弊社のサービスの場合、お客様が全国各地に散らばっているわけではなく、企業の中にいらっしゃるのでフィードバックを得やすく、効率的に利用実態を把握することが可能になっています。もしも他社との差別化を図っている部分があるとすれば、このあたりのビジネスモデルが弊社のミソではあると思います。

就活生に求められる「未来を視る力」

―― ここまでのお話を聞いていると、沢木さんは就活時から一貫して、物事をロジカルに捉えている印象を受けます。先ほどのお話にも出たように、現在の就活市場は有効求人倍率の増加に伴い、売り手市場となっているわけですが、就活生に有利な状況だからこそ、しっかりと筋道を立てて慎重に将来を見据える力が必要になってきているようにも思えます。これから就活に臨む学生に沢木さんの立場からアドバイスをするとしたら、どのような言葉をかけたいですか?

就活を始めると、まず言われるのが「自己分析をしなさい」「これまで自分がしてきた活動を振り返りなさい」ということですよね。でも、「自己分析」って過去を顧みることなので個人的には好きではありません。それよりも大切なのは、自分がこれからどんなことをしていきたいのか、という明確なイメージをもつことなのではないでしょうか。

しかし、そうは言われても「明確なイメージ」なんてそう簡単にできるものではありません。そんな人は、まずは実際に社会で働いている人に会いに行って、直接話を聞くところから始めてみてはどうでしょうか? 食にまつわる仕事といっても、業種は多様です。製造業や小売り、飲食店など、一般的に認知されている仕事だけでなく、さまざまな業種を知ることが、まずは大切だと思います。

―― 沢木さんのようにいずれは起業を目指している学生もいると思いますが、これから新たな事業を立ち上げていく人に必要な素養とはなんだと思いますか?

日本はものづくり大国なので、品質のいいものをつくるという点では秀でていると思います。しかし一方で、「その商品をどう使うのか」というシーンの提案はあまり得意ではありません。現代の消費者が求めているのは、いいものをただ渡されることではなく、それを購入することで得られる具体的なベネフィットの提示です。われわれのサービスもそのひとつで、お惣菜を提供するサービスではあるのですが、それだけが価値ではありません。「企業のなかで福利厚生としてこういった使い方ができますよ」という提案をすることではじめて成立するサービスだと思っています。B to Cの商品だとしても、それを提供するだけではなく、それによってどんなベネフィットが得られるのかといったストーリーが求められている時代だと思うので、食の知識だけ身につければいいということでもありません。これからは、「マーケティング脳」というか、社会の要請や相手の受け取り方を読む能力が必須になってくるのではないでしょうか。

―― 「マーケティング脳」は、御社のマイルストーンである「社会課題を解決する仕組み」を生み出していくうえでも、欠くことのできない能力ですね。起業からわずか6年で飛躍的に成長を遂げてきた「オフィスおかん」ですが、今後の展望はいかがですか?

社会問題をいかにして解決するかというところからスタートし、そこに対するミッションステートメントを軸に活動しているので、「食」というキーワードそのものは私たちのミッションステートメントには入っていないんです。働く人たちがこれからもそこで働き続けられるような環境をつくるためにできることは何なのか、そのためにはどのようなソリューションが考えられるのか。それをしっかりと理解し、行動していきたいと考えています。そのためには、食に限らない事業領域にも目を向けていくつもりです。


「食はあくまで社会課題解決のための手段であって、目的にはなりえない」。ひとつの業界にとらわれず、広く社会を見る鳥の視点から語られる沢木さんの言葉は、これから就職活動に臨む学生にも多くの気づきを与えてくれるはずです。沢木さん率いる「オフィスおかん」は、これからも思わぬ視点から新たなソリューションを発信していってくれることでしょう。