2019.12.11

Interview

嘘をつかない。パタゴニアが取り組む「食と環境問題」の今

私たちが日々、口にする食べ物。それらの食材の生産が、地球環境にどのような影響を及ぼしているか、みなさんは想像してみたことがあるでしょうか? 食品産業が気候変動に及ぼす影響は全産業の1/4に及ぶとも言われており、「食と環境」の問題はすでに待ったなしの状況にまでひっ迫しています。アウトドアメーカーとして知られる「パタゴニア」は、社をあげてこの問題に取り組むべく、2013年より「パタゴニア プロビジョンズ」という食品事業を始動しました。今回は、同プロジェクトを日本で推進する近藤勝宏さんに、お話しを伺います。

profile

  • パタゴニア 日本支社 パタゴニア・プロビジョンズ マネージャー

    近藤 勝宏(こんどう かつひろ)

    1973年生まれ。神奈川県出身。1995年、パタゴニア鎌倉ストアにパートタイムスタッフとして勤務。正社員として入社後、ストア、マーケティング部門のマネージャーを経て、2016年よりパタゴニアの新しい食品事業の日本担当マネージャーとなる。日頃からサーフィンやスノーボードなど愛好し自然と親しみながら、より環境負荷の少ないライフスタイルを探求している。

「売れるもの」よりも「胸を張って売りたいもの」を

―― 個体数が豊かな群れのみから捕獲して製造された「ワイルド・ピンク・サーモン」や、土壌へのダメージが少ない多年草を原料としたオリジナルビール(商品名「ロング・ルート・エール」)など、自然環境に配慮した製法が特徴の「パタゴニア プロビジョンズ」(以降、プロビジョンズ)の製品ですが、2013年にアメリカの本社で始動したのち、日本に上陸したのは3年後の2016年でした。アウトドアメーカーとして確固たるマーケットを築き上げてきたパタゴニアが、まったく異分野の「食」に踏み込むことに戸惑いはなかったのでしょうか?

普通の企業であれば、現状の事業が安定しているなかでわざわざ資金を割いて、まったくの異業種で新規事業を始めようという話にはなかなかなりづらいと思います。私たちにとっても、「なぜパタゴニアが食品を販売するのか?」という根本の部分を突き詰めるのは、とても重要な作業でした。創業者のイヴォン・シュイナードが食品ビジネスを通じて地球環境にどのようなインパクトを与えたいと考えているのか、それをすぐに理解できたスタッフは、当初はそれほど多くなかったかもしれません。

―― そのような状況のなかで、「さあ、パタゴニアで食品を売っていくぞ!」と社員のみなさんが志を共にできたのはなぜなのでしょう?

パタゴニアがこれまで大切にしてきた価値観や考え方、理念に通じるものが、このプロジェクトにも一貫してあったからかもしれません。パタゴニアは、これまで40年以上に渡ってアウトドア・ウェアを製造・販売してきました。その過程で常に大切にしてきたのは、地球環境への負荷を最小限に抑える製品づくりをすることでした。

たとえば1994年には、それまでパタゴニアの人気商品に使用していたコットンが製造工程で大量の化学薬品を使用していたことが判明し、製品ライン全体で環境への負荷が少ないオーガニックコットンを採用することを決定しています。2年後の96年にはオーガニックコットンへの完全移行を達成しましたが、パタゴニアの品質水準を満たすオーガニックコットンがなかなか見つからなかったこともあり、その代償は大きく、移行後は製品数が30%減少してしまいました。

―― 現状の売り上げを落としてでも、環境を破壊しない新たな生産方法への移行を選んだのですね。

ええ。というのも、創業者のイヴォンは、アウトドアスポーツが大好きな人なんです。自分が自然に身を置くなかで、大好きだったトレッキングコースが森林破壊によって消えてしまったり、お気に入りのサーフポイントがダムの開発によってなくなってしまったりといった経験を数多くしてきています。そのような自然界でのリアルな体験があるからこそ、どんな手段を使ってでも商品を売るのではなく、持続可能な生産のビジネスの在り方を問いただし、それを率先して実践していく、という姿勢を大切にしているのだと思います。

食産業は地球温暖化に最も悪影響を及ぼしている産業のひとつだと言われています。であれば、今度は食の分野で産業の在り方や消費者の意識に少しずつ変化を及ぼしていけるような働きかけをしていくのが、パタゴニアの役割だと考えるのは自然なことだったのではないでしょうか。


イヴォン・シュイナード、パタゴニアの創設者(Photo:Jeff Johnson)

―― パタゴニアには「環境のために自ら動くことで、市場の在り方そのものを変化させていきたい」という考えがあるのですね。

そうですね。パタゴニアで製造しているウェアは、物持ちがいいことが自慢のひとつなんです。そのため、一着買えば5年や10年はリペアをしながら着続けることができますし、それが結果としてお客様を「大量消費」へ向かわせない、ひとつの環境保護への働きかけにもなっていると思います。

ただ、食はウェアのようにはいきません。1日に3回、ほとんどの人が消費するものですから、ウェアよりも環境に及ぼす影響は大きく、そのスピードも早いでしょう。しかも、ウェアと違って一時的なトレンドやライフスタイルの変化によって消費が増減するものでもありません。世の中の気候危機に、より本気で取り組もうとするのであれば、まずは食の在り方を変えなければならない。そんな考えから、このプロジェクトはスタートしているんです。


(Photo:Taro Terasawa)

日本のオーガニック市場は遅れている?

―― 近年では、台風やそれに匹敵する規模の大雨によって被災したり、人命が失われることも非常に多いですね。日本人の多くが、実感として気候の変化や、自分の日常が異常気象によって脅かされる恐怖を体験していることもあり、地球環境に対する意識も変化してきているのではと思えます。プロビジョンズの取り組みは2016年から日本でも始動したということですが、3年間日本でプロジェクトを進めてきたなかで、実感はいかがですか?

まず、アメリカと日本で圧倒的に違うのは市場の規模です。欧米ではすでにオーガニック市場が巨大なビジネスマーケットとなっていますが、日本ではまだ食品市場のうちオーガニックが占める割合は1%未満にとどまっています。そのため、欧米に比べれば、オーガニック食材を日常的に口にする習慣は根付いていないように思います。

―― 日本でオーガニック市場が根付いていないのはなぜなのでしょうか?

いくつか要因はあると思いますが、有機農法の認証制度が広がっていないことも大きいのではないでしょうか。日本国内では、オーガニックで栽培している認可取得農家は全体の0.2%程度しかおらず、認証を取らずにオーガニック食材を栽培している農家の0.3%と合わせても、合計で0.5%と非常に小規模です。オーガニック農法への移行には費用もかかりますし、従来の農法からシフトするまでに3年間無農薬だけで栽培をした実績をつくらなければならないため、なかなか踏み出せない農家も多いのだと思います。

―― そのような状況だと、消費者のオーガニック食品に対する意識も、欧米と日本ではずいぶん違うのではないでしょうか。

食品を選ぶ際の基準として、「自分の健康のためによいものを選びたい」という消費者は日本でも年々増加しているとは思います。化粧品のマーケットを見ていても、最近ではオーガニックの商品がとても伸びているんですよ。これも、毎日自分の肌に触れるものだからこそ、良い素材のものを使いたいという思いが消費者に芽生えているためでしょう。

しかし、欧米では「自分の健康のために」というモチベーションに加えて、その商品を購入することで地球環境にどのようなよい結果をもたらすのか、ということまで考えて商品を選ぶ消費者が多いのです。


パタゴニア プロビジョンズ・オーガニック・スパイシー・レッド・ビーン・チリ 2.5。肉類、グルテン、乳製品不使用。遺伝子組み換えでない有機認証済みの材料を使用している。(Photo:Taro Terasawa)

―― きっとオーガニック食品を買う消費者は、その商品がどのような過程で製造されたのか、という「文脈」まで理解して選んでいるのでしょうね。確かに、日本の食品にはまだまだそういった部分まで訴求して売っているものは少ないように思います。パタゴニアでは、そんな日本の消費者に向けて、具体的にどのようなアプローチをしているのでしょうか?

食品産業を変える、と一口に言ってもパタゴニアのようにグローバル規模で展開している企業と、小回りの利くローカルの企業に求められる役割は違うのだろうなと思います。ある程度の規模とパワーをもって働きかけることができる私たちがまずすべきことは、日本の市場を耕すこと。「オーガニックの商品を積極的に購入したい」というお客様を増やしていくために市場を開拓することです。そのためには、現在販売しているアメリカから輸入したプロビジョンズ商品に加えて、日本のよい食材を使った地産地消の新商品なども開発していきたいと考えています。そのような働きかけの中で市場が拡大していけば、より身近なところでオーガニック商品を目にしていただく機会も増えていき、その土地その土地の強みを活かしたローカルのオーガニック商品も増えていくでしょうから。

―― 「地産地消の日本独自の商品」が重要だと考えるのはなぜなのでしょうか?

プロビジョンズの取り組みを通して気づいたことのひとつに、「食は突き詰めるとその土地の文化なのだ」ということがあるのです。その地域に根付いた食品の加工方法や保存方法を紐解いていくと、そこで採れる食材がまず初めにあるんです。はじめに食材があり、それを生かすためにその土地ならではの食文化が形成されていく、というわけです。そう考えると、オーガニック食品をより多くの方に手に取っていただくためには、やはり日本の食材を使って、この国の食文化に根差した商品をつくる必要があると思うのです。

嘘をつかない会社

―― 最後に近藤さんご自身のお話しを聞かせてください。近藤さんは、アウトドア・ブランドであるパタゴニアの社員として働いてきて、この新たな事業を担当することに戸惑いはなかったのでしょうか?

いま自分がいるポジションに対する違和感は、まったくありません。私はパタゴニア直営店のアルバイトスタッフから社員になり、すでに20年以上この会社で働いているのですが、当初は環境に対する意識も、食産業に対する意識も今ほど高くありませんでした。しかし、環境改善のために働きかけ続けるこの会社で働く中で、はじめは乖離していた「個人で大切にしている価値観」と「会社が大切にしている理念」が少しずつ重なるようになり、今では会社の事業を自分の関心ごととして考えることができるようになっています。それは、パタゴニアで学んだこと、経験したことが、自分にとってとても大きかったからだと思うのですが。

―― お話しを聞いていると、パタゴニアには創業時から一貫してぶれない筋があるように思えてきますね。

これは私がパタゴニアに長く勤務している理由のひとつでもあるのですが、この会社のユニークな魅力として「嘘をつかない会社」という特徴があると思うんです。先ほどのオーガニックコットンへの移行のエピソードからもお分かりいただけるように、パタゴニアは自社にとって不都合な事実が判明すると、それを包み隠さずに公表したうえで新しい方法を打ち出す会社なんです。利潤だけを追求する企業であれば、稼ぎ頭である商品に不備や不都合が見つかった場合、なんとかしてそれをごまかそうとしたり、隠そうとしてしまうことだってありそうですが、パタゴニアの場合はまずその不都合な事実を受け止めることから始める。間違ったことをしてしまったという事実に対する厳しさと、それを受け入れて改善しようとする寛容さがなければ、これはなかなかできないことだと思います。

パタゴニアの直営店に行くと、スタッフが常連のお客さまに「去年も山登りのジャケットは購入されていましたし、今年は新品は買わなくてもいいんじゃないですか?」と平気で言っていたりするんです(笑)。そうやってお客様に対して本当に必要なものだけをオススメできるのも、「嘘をつかなくていい」という前提があるからこそなのだと思います。

―― きっとプロビジョンズの商品にしても、「消費者や地球環境に対して嘘をつかない」という姿勢から生まれたものなのでしょうね。この記事を読んでいる方の中には、近藤さんのように勤め先に誇りをもって働くことを夢見て、将来的に食関係の仕事に就きたいと考えている人も多くいると思います。これから食について学びたいと考えている方に向けて、アドバイスをいただけますか?

自分がもっている信念を曲げず、嘘をつかずに行動を継続し続けることは重要かなと思います。あとは知ろうとすることですかね。きっと食を学びたいという方々は、食に関しての好奇心が旺盛だと思います。いろいろなものを知ろうとする好奇心を大切にして、それに対して妥協せずに学び続けることが将来的にはとても価値のあるものになるはずです。おそらく、これからの時代はあらゆる既存の枠組みを壊していく時代になっていくと思います。でも、既存の枠組みが成立しているのは、それが社会においてある側面で利益をもたらしているからだと思うんです。なぜその枠組みが成立しているのか、それを知らずに問題点だけを指摘して枠組みを再構築するのはとても難しいでしょう。だからこそ、枠組みを理解したうえで壊す。学ぶ努力は継続していくといいんじゃないかなと思います。


右肩上がりの経済成長と大量消費を追求し続けてきた現代にあって、「嘘をつかずに良いものだけを売り続けること」を貫いてきたパタゴニア。アウトドアメーカーでありながら食産業というあらたな市場を開拓する同社が、日本のマーケットに投じる一石は、大きな波紋を描きながら社会全体へと波及していくことでしょう。