フナずしを読み解く
滋賀県の特産品であるフナずしは、馴れずしの一種で、「日本最古のすし」といわれています。これまで、篠田統をはじめとする碩学によって、すしの歴史や分布が明らかにされてきましたが、現代に伝わる近江のフナずしが、どのように歴史的に変遷してきたのかという点は、ほとんど解明されていませんでした。そこで今回は、独自の発達をとげた「フナずし」を読み解く1冊を紹介します。
フナずしのルーツ
『再考ふなずしの歴史』編・橋本道範(サンライズ出版、2016年)
篠田統『すしの本』(柴田書店、1970年。岩波現代文庫より復刊、2012年)は、すしの歴史を調理学、生化学、食物史の立場から自然科学、人文科学にわたって研究した古典的名著ですが、そこに示された、馴れずし=近江のフナずしを原点とする日本のすしの系譜は、今日なお通説とされています。すしはその作り方から馴れずしと早ずしに大別されますが、用いた米飯の自然発酵によって生じた乳酸にその酸味をあおぐのが馴れずし、食酢を添加して外部から酸味を与えたのが早ずしです。この馴れずしのルーツを著者は、東南アジア山地民の貯蔵食品に求めました。一方、東アジア、東南アジアで精力的なフィールドワークを行い、馴れずしの発生や伝播について研究した石毛直道によると、「ナレズシは、インドシナ半島の北部から中国の雲貴高原にかけての地域において、初期水田稲作民の淡水魚の保存法として成立した食品で、長江下流から水田稲作農業とともに日本に伝えられた」とする仮説を提出しています。
「日本最古のすし」から「フナズシ文化の多様性」へ
事実、平城京出土木簡に「鮨」や「鮓」の文字が登場することや、平安時代の『延喜式』に「鮒鮨」がみえる(筑前、筑後、肥前、肥後、豊前、豊後などから都に運ばれた)ことからフナずしが歴史的に古い食品であることがわかります。けれども、古代のフナずしは、現代のフナずしと同一視できるのでしょうか。このことを問題にした日比野光敏は、「ふなずしは変化しながら現代に至った」ものであり、「今日の滋賀県のふなずしの製法は、高度に完成された調理技術として改善された結果」であるといいます。また、同様の立場から室町時代の文献記録(山科家と蜷川親元の日記)にあらわれた、フナずしに関する記事を、とくにその運搬容器に注目して読み解いた橋本道範は、「現在の滋賀県のふなずし」は、飯漬けに使われる「結桶」の普及とともに、江戸時代以降に確立した多様なフナずしの一形態であるとの見方を示し、「発酵を自由に、自在にコントロールした琵琶湖地域のフナズシ文化の多様性」を主張しています。
橋本氏の著書『再考ふなずしの歴史』は、2014年の「湖上フォーラム みんなで語る「ふなずし」の歴史」と2016年の滋賀県立琵琶湖博物館「公開座談会「ふなずし」の歴史がわかる」の成果をもとに、総勢12名の論客が、それぞれの立場からフナずしに向き合ったもので、日本の馴れずし研究の到達点といえるでしょう。
フナずしというと、発酵時に生じる臭気ばかりが強調(誇張)されがちですが、アジアのテクノロジーを温存しながら、独自の発達をとげた特産品をゆっくりと味わってみてはいかがですか。
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