大豆でつくる新感覚のごちそう。「プラントベースドフード」

「プラントベースドフード」という料理をご存じですか?肉や魚、卵、乳製品などの動物性食材を一切使わず、植物由来(プラントベース)の食材だけで作られた料理のことです。これが今、世界中で大流行。日本でもアンテナの高い人たちのあいだでは、すでに話題になっていて、これからもっと流行るといわれています。

そんな時代の流れをいち早く取り入れたショップが大阪の心斎橋にあります。2019年9月にオープンした「UPGRADE Plant based kitchen」。大豆をコンセプトにしたデリカテッセンで、唐揚げやハンバーグなどの料理も、デザートも、すべて大豆素材からできています。仕掛けたのは、不二製油グループ。ふだんは企業向けに植物性油脂やチョコレート、大豆加工素材などを提供している食品素材メーカーです。それがなぜ、お店を出すことになったのでしょう?プロジェクトメンバーの小野さんと福田さんにお話を伺いました。

profile

  • 不二製油グループ本社株式会社
    PBFS事業部門 大豆・機能性素材グループ

    小野 育子(おの いくこ)

    UPGRADEの事業統括担当。製菓製パン、外食市場の営業部門で14年キャリアを積み、2017年4月より現職。

  • 不二製油グループ本社株式会社
    PBFS事業部門 大豆・機能性素材グループ

    福田 彩香(ふくだ あやか)

    UPGRADEの広報、販促、店舗衛生管理を担当。大豆素材の品質管理部門で9年キャリアを積み、社内イントラプレナー制度への参加がきっかけとなり2019年6月より現職。

今日のおかずは、肉?魚?それとも大豆ミート?

―― さっそくですが 「UPGRADE Plant based kitchen(以下、UPGRADE)」の立ち上げには、どのような経緯があったのでしょうか?

小野さんこのプロジェクトが立ち上がったのは、オープンからさかのぼること3年前の2016年。欧米の若者たちの間で、プラントベースドフードが健康でエコな食事として流行し始めている頃でした。
プラントベースドフードは植物性由来の食事ですが、ベジタリアンのように食事に制限があるわけでもなく、ダイエットフードのように物足りなさを我慢するものでもありません。自分の好きなときに、自由に植物性の食事を楽しむスタイルなので、生活に取り入れやすいんですよね。実際に私もアメリカで視察しましたが、現地の若者たちは、プラントベースドフードを、自分たちの意思でスマートに生活に取り入れているような印象を受けました。世界的に健康やエコへの関心が高まる中、この考え方はもっと広がっていくに違いないと、市場性を感じましたね。

―― なるほど。大豆ミートを手掛けている不二製油さんからすると、プラントベースドフードの流行は追い風になりますね。

小野さんその通りですね。でも、当時の日本には、プラントベースドフードの市場はまだありませんでした。まだまだ、日本人のイメージでは、健康な食事というと、「味が薄くて、量が少ない。物足りないけど、カラダにいいから仕方ない」という我慢の世界。だったら「自分たちでプラントベースドフードを広めていこう!」というのがプロジェクトの始まりです。

福田さん少し私たちの会社のことについて補足しますと、不二製油では、60年以上前から世界に先駆けて大豆の研究を進めています。最近話題になっている大豆ミートのほかにも、USS製法という独自の分離技術を使って、豆乳のチーズや生クリームなども作っています。
でも、会社としては、業務用チョコレートや植物性油脂などのほうが主力事業です。大豆加工食材はそこまで大きな市場になっていません。その理由としては、大豆ミートはおいしくない、調理しづらいというイメージがあるからです。たしかにひと昔前の大豆ミートは大豆のにおいが強く、シェフたちに受け入れられにくいという難題がありました。今は研究を重ねて、ずいぶんおいしくなっているんですけど、一度ついたイメージを覆すには、大きな風が吹かないと難しいだろうと感じていました。そういう意味では、プラントベースドフードの流行は、大豆の魅力を発信するチャンスだと思っています。


―― 大豆の魅力を発信するためのショップ。だから、コンセプトメッセージが「すべては、大豆から」なんですね。

小野さんコンセプトについては、いろいろ考えました。「UPGRADE」をどういうお店にしていきたいのか。他の健康をうたうデリカテッセンと何が違うのか。みんなであれこれ考えた結果、やっぱり大豆だという結論に至ったんです。
大豆というのは、畑のお肉と言われるほど、良質のたん白質が含まれています。そのうえ食物繊維や、ミネラルも豊富。日本人になじみの深いスーパーフードなんですよね。その加工技術で世界をリードしていることが、不二製油の強みですし、「大豆を使って、満足度の高いプラントベースドフードを提供していくんだ」という私たちの決意をメッセージにしました。

―― 満足度の高いプラントベースドフードというのは、具体的にどういうことでしょう?

小野さん料理として食べ応えがあっておいしいものを提供するということですね。冒頭にもお話したように、カラダにいいものは我慢が必要になるものが多い。そうではなくて、食事としてちゃんと満足できることを大切にしようと、メンバーで話し合って決めました。カラダにいいから、エコだから選ぶというよりも、そういうことに関心のない人でも、おいしさに満足して「これなら週2回くらい、食べていい」と思えるところを目指そうと。肉や魚を選ぶように、新しい選択肢として大豆ミートが加わることが理想です。

福田さんわかりやすい例をあげるなら、ソイラテですね。おそらくスタート当初は、牛乳よりカラダに良さそうというイメージで選ばれていたと思いますが、今では、ラテを飲むとき、その日の気分でソイラテを選んだりしますよね。そこを目指したいんです。

おいしさの決め手は、60年の研究成果

―― なるほど!言われてみたらソイラテを飲むときは、単純においしいから選んでいる気がします。だとするとメニュー開発はすごく重要ですよね。

小野さんまさにここが勝負所で、開発には丸2年を費やしました。具体的には、まずたくさんの種類の大豆ミートをシェフに渡して、いろいろな試作品を作ってもらうことから始めましたね。大豆ミートをやるからには、唐揚げやハンバーグ、カツなど、肉肉しいメニューのほうが、「え?これが大豆?」というインパクトを与えられると思ったので、お肉のメニューは必ず入れようと。あとは、シェフの感性にまかせて自由に作ってもらいました。最初にだいたい50種類くらいのメニューを用意してもらい、そこから毎月1回の試食会議を開いて、おいしいものを選び、それをまた改良していったので、総試作品は数えられないほど。シェフも大変でしたし、試食会議が終わると、みんなの胃袋がパンパンでした(笑)


試食会議の様子

―― メニュー開発で、不二製油ならではの技術や知見が活きたことはありますか?

福田さんこれはいくつかありますが、わかりやすいところで言えば、食素材の多さですね。一口に大豆ミートといっても、不二製油の場合は、食感や色、形状の違いで60種類以上の大豆ミートを持っています。そして、豆乳のチーズやクリームはUSS製法を持つ不二製油にしかありません。また、チョコレートや植物性油脂など別の事業の素材もあります。これらをうまく取り入れながらメニューを開発しました。
例えば、唐揚げやハンバーグなどの肉料理を大豆ミートで作ろうとすると、お肉に比べて脂身やコク、ジューシーさが足りなくなります。そこで、大豆ミートの種類をうまく使い分けたり、油を足したりして、味を整えています。
それからラザニア。ボロネーゼソースにはカカオを使って、煮込んだ感じのコクを出しています。また、ベジャメルソースは豆乳クリームで作っているので濃厚。使っているチーズも、豆乳のチーズ。不二製油の技術がふんだんに詰まった一品です。


―― 確かにどの料理もジューシーで、ボリュームがあって、大豆でできているとは思えませんね。

小野さんありがとうございます。実は私や福田、シェフやスタッフもみんな肉や魚が大好きなんです。そういう点では味付けも、他の健康的な料理とは違ったものに仕上がっていると思います。まず食べてみて「おいしい」と思ってもらい、「へえ、これ大豆なんだ」と後から気づく。おいしくて選んだものがたまたまプラントベースドフードだったという風になれば良いと思います。

大豆が、食糧問題から人類を救う

―― お話を聞いていると、日本の食卓にもプラントベースドフードが並ぶ未来が見えてきました。これから先、食ビジネスはどのように変化していくとお考えでしょうか?

小野さんここ数年、世界中で「未来のことをちゃんと考えていこう」という流れが強まっているように感じます。それは食に限ったことじゃなく、SDGsであったり、レジ袋の廃止であったり、アパレル業界のフェアトレードであったり。食でいえば、フードロスが問題になる一方で、近い将来、食糧不足がやってくると言われています。こうした食に関する問題を、どう解決していくか。それが、これからの食ビジネスに欠かせないテーマになると考えています。正直にいえば、そこまで深く意識してスタートしたわけではありませんが、「UPGRADE」はこうした流れの真ん中を進んでいるように思います。
ただ、あながち成り立ちもズレていなくて、大豆ミートの素材となる大豆たん白というのは、もともと大豆から油を抽出する際に発生する絞りカスで、かつては捨てられるか、家畜の飼料として使われていました。でも、そこに豊富な繊維とたん白質が含まれていることに着目した当時の不二製油が、人が食べられるようにできないかと世界に先駆けて大豆の研究を始めました。この考え方は、まさにこれからの食ビジネスに求められる、未利用資源の有効利用。60年前から取り組んできたことが、ようやく時代にマッチしてきた気がします。

福田さん大豆は栄養価が高いだけでなく、養分の少ない土地や厳しい気候でも育てることができるので、そういう点でもやはり食糧危機を救う可能性があると感じています。また、最近新たに、大豆由来のウニ素材「ソイウニ」を開発しましたが、加工のやり方次第でまだまだいろんな食べ方ができるという意味では、食材としても大豆ほどポテンシャルの高いものはないと思います。飽きないことって大事ですからね。

―― 食糧不足が危ぶまれる未来において、大豆は救世主になるかもしれませんね。最後にこれからの展望を聞かせてください。

小野さん「UPGRADE」という店名には、「おいしさ」「健康」「環境」の3つの分野をアップグレードしていこうという思いが込められています。この分野で、同じようにアップグレードしていこうとしている人たちとコラボして、さらに新しい価値を生み出していきたいと考えています。
コラボする相手は、同じ飲食業かもしれませんし、アパレルや本屋などかもしれません。私たちはプラントベースドフードを広めようとしていますが、さきほども言ったように、どの業界も、健康や環境に関することをアップグレードしようとしていますから。みんなの世界観が同じ方向に向かっているからこそ、新しいものを生み出せる予感がします。


健康や環境のために、無理することなく植物性のものを選ぶというプラントベースの考え方は、食に限らず、これからの時代にすごくマッチしていますね。それでも「おいしくないと、普及しない」とおっしゃるように、理屈を前面に打ち出すことなく、味で勝負しているところに、食品素材メーカーとしての誇りを感じました。それにしても、実際に食べましたが、完全にお肉で驚きました。きっとみなさんの大豆のイメージも、アップグレードされることでしょう。