2021.09.27

Interview

日々の食事が社会を変える。イケアが「量り売りデリ」で目指す未来

2006年の日本1号店出店以来、上質で物持ちの良い家具と、リーズナブルでヘルシーな北欧料理を提供する店舗を全国各地で展開してきたイケア。そんな同社が、2021年よりIKEA新宿で新たに始めたのが、スウェーデン料理を量り売りで提供する「Swedish Bite(スウェーデン バイツ)」です。コロナ禍での中食需要の高まりや、SDGsによる世界的なフードロス削減の気運にもマッチしたこの新事業は、どのような思いから始まったのでしょうか。イケア・ジャパンのフード事業を統括する佐川季由さんにお話しを伺いました。

profile
  • イケア・ジャパン カントリーフードマネージャー

    佐川 季由(さがわ きよし)

    イケア・ジャパン カントリーフードマネジャー。全国のイケアのフードの開発と販売を統括。2012年にIKEA船橋(現:IKEA Tokyo-Bay)のーフードマネジャーとして入社後、ローカルマーケティング、コマーシャルフードマネージャーを経て、現職。

家具量販店のイケアがフードを提供する理由

―― イケアといえば、第一に「家具」というイメージが強いように思いますが、実際の店舗ではバリエーション豊かな北欧料理を楽しめるのも特徴です。そもそも家具量販店であるイケアが、フード事業も展開しているのはどのような経緯からなのでしょうか?

ありがたいことにイケアの家具は皆さまに広く知っていただいているのですが、実はフード事業も創業当初から家具と並行して取り組んできました。弊社創業者であるイングヴァル・カンプラードは、家具を買いに来たお客様が食事のたびに店の外へ出て行ってしまうのを見て、「それならばお店の中にレストランを作ってしまおう」と考えたそうです。そのような思いから、スウェーデンのエルムフルトという田舎町にあるイケアの1号店には、すでにレストランがありました。日本でも1号店のIKEA船橋(現:IKEA Tokyo-Bay)の時から店内にレストランを併設しています。

―― 普段の生活で日本人が北欧料理を食べる機会はそれほど多くはないように思いますが、イケアのメニューはホットドッグやミートボールなど、日本人にも親しみやすいものも多いですね。

ええ。確かにスウェーデンといえばホットドッグやミートボールといったアイコニックなメニューがありますが、たとえば原宿に出店する際には「ツンブロード」というラップサンドのような手軽に食べられるスウェーデン料理を提供するなど、新たなスウェーデン文化も発信できるよう展開してきました。

―― 今年の5月にIKEA新宿でスタートしたスウェーデン バイツは、イケアでは初となる量り売りデリですが、この事業はどのような経緯で始まったのでしょうか?

IKEA新宿の場合、物件の都合もあって店内に大きな厨房スペースをつくることができないという事情がありました。そのような制約もあって、「テイクアウトに特化したコンセプトでフードの提供ができないか」と考えたんです。そのため新宿店では、店舗内でフードをつくるのではなく、IKEA立川のキッチンでつくったものをこちらに運んできて提供する「セントラルキッチン方式」を取ることで効率化を図っています。イケアの他の店舗では、これまでも店内での飲食に限らずテイクアウトでのご提供も行ってきたのですが、スウェーデン バイツは「量り売りデリ」とすることでお客様ご自身に必要な分だけを取っていただくスタイルになっています。


IKEA新宿

―― テイクアウト、量り売りという業態は、外食がしづらくなったコロナ禍の需要にも合致していますし、昨今のSDGsという視点から見てもフードロスを減らすための意欲的な試みですね。

5月のオープン当初は、緊急事態宣言などの影響でみなさんが外食をあまりできない状況だったこともあり、テイクアウトの需要がかなりありました。今では当初よりは落ち着きましたが、それでも安定的にご利用いただけている印象です。SDGsの観点から考えても、お客様ご自身が必要な分だけを取ってご購入いただくことは、フードロスへの意識をもっていただくきっかけになるのではないかな、と思っています。


量り売りデリの「Swedish Bite(スウェーデン バイツ)」

「ベジタリアン」から「フレキシタリアン」へ

―― スウェーデン バイツに限らず、以前からイケアで提供されているメニューのなかには「ベジドッグ」や「ベジボール」など、肉を使わないヘルシーでリーズナブルなものが多くありますね。

そうですね。イケアでは、5年ほど前から「ピープル・アンド・プラネット・ポジティブ」というスローガンのもと、食を通して地球と人々に配慮した事業を展開しています。その一環として、最初は肉の代わりに野菜を使ったベジドッグやベジボールの提供をしたのです。しかし、ベジボールを食べたお客様からは「やはり肉の触感とは違う」というご意見をいただいたこともあり、より肉好きの方々にも満足していただけるメニューとして1年前に、肉の代わりに、キノコ、トマト、野菜のローストなどのうまみ成分を加えることで、おいしい肉のような味を実現したプラントボールを開発しました。

―― 御社が野菜をベースにしながら肉に近い味わいのメニューを多く提供されるのはなぜなのでしょうか?

私たちが目指しているのは、ヴィーガンやベジタリアンの方々だけを対象にしたフード提供ではありません。普段は肉が好きで食べている方でも、イケアのプラントボールやベジボールを知っていただくことで、週に3日、4日は肉ではないこういったフードを食べてもらえるようになるかもしれませんよね。やがてみんながそういった食習慣になれば、人類の半数がベジタリアンになるのと同じ計算になります。私たちはこういった「フレキシタリアン」と呼ばれる人々を増やすことで、肉よりも生産時のCO2排出量が少なく、地球環境にも優しい植物由来のフードに親しんでいただきたいと考えています。


―― ベジドッグやプラントボールは、肉を使ったものに比べると価格も安価ですが、なぜこのような価格帯で提供できるのでしょうか?

今は世間でも代替肉がブームになっていますが、その多くは高価です。しかし、一般的には肉よりも野菜のほうが安価なはずですよね。イケアでも、あくまでプラントベースのメニューは、肉を使ったものよりも安くご提供したいという考えをもっています。弊社は世界各国で展開していることもあり、グローバルサプライチェーンによって大規模な生産と流通を可能としています。そのため、全体として生産にかかるコストを 抑えることもできますし、実際の店舗でもお客様ご自身にセルフで食器やフードを用意していただくことで人的なコストを削減しています。これらのお客様のご協力や、イケアの理念に共感してくださっているパートナー企業のご理解もあって、低コストでの販売が可能となっています。

―― 大きな規模で大量に生産すれば、フードロスの問題とも向き合わざるを得ないと思いますが、その点は何か取り組んでいるのでしょうか?

おっしゃるとおり、弊社でも日々食品の廃棄はどうしても出てしまっています。イケアでは、フードロスを半分に減らすという大きな目標を掲げ、それをクリアするために食糧廃棄モニタリングツールを導入しました。これはカメラとAIによって、廃棄された食品を自動で解析し、何がどれだけの量廃棄されたのかを効率的に記録するシステムです。これまでは測りに置いて廃棄食品の重さを測って記録していたのですが、このシステムによってより高い精度でロスを削減していきたいと考えております。

商品開発のやりがいと喜び

―― ここからは佐川さんご自身のお話しを聞かせてください。今ではイケアのフード部門を統括する立場で働かれている佐川さんですが、そもそもどのような経緯でこの職業に就かれたのでしょうか?

私は10代の終わりから、かれこれ30年くらい食やホスピタリティの仕事に携わってきました。最初はフォーシーズンズホテルで働いていたのですが、ホスピタリティマネジメントについてよりたくさんのことを学びたいという思いからアメリカに渡り、帰国後はグローバルダイニングに入社しました。その後、グローバルダイニングがアメリカでレストランを開店するということで、再度渡米してロサンゼルスで働いたりもしたのですが、やがて縁あってイケアの方にお声がけいただいたんです。最初はなぜ私がイケアに? と疑問にも思ったのですが、面接を重ねるうちに「より快適な毎日を、より多くの方々に」というこの会社のビジョンにとても共感できるようになったんですね。それで、この会社に入社しました。

―― 前職から、厨房も経験しつつ、職場全体のマネジメントも経験されてきたということですね。

そうです。なので、やってきたことはずっと変わっていなくて、どうすればお客様、そしてコワーカー(一緒に働く仲間)を幸せにできるか、ということを考えてきました。

―― 実際にイケアで働かれてきて、その思いは変わりませんか?

根底の部分は変わっていないと思うのですが、イケアに来て勉強させていただいたなと思うことは多いです。たとえば、イケアでは「トゥギャザネス(連帯感)」というバリューをとても大切にしているんです。これは、どうやっていろいろな人々を巻き込んでいくか、ということなのですが、私も最初のうちは「チームでみんなを巻き込んで仕事をしていくこと」くらいに思っていました。しかし、実際に働いてみると、それだけではなくて、イケアの大切にする価値観を私たちがコワーカーに伝え、彼らを巻き込んだ先では、コワーカーの働きかけを通じてお客様一人ひとりがその考えに共感してくれることがあるのだとわかりました。そうしてより広い範囲で人を巻き込んでいくことで、さらに大きな目標に向かっていくこともできます。イケアはグローバル企業として大規模な展開をしているイメージを持たれるかもしれませんが、それもこれまでコツコツと積み上げてきた結果です。そのような地道な積み重ねがいかに大切かということは、この会社に入って学ばせていただいたなと思います。


―― おそらく、イデオロギーだけではコワーカーもお客様もついてこない。だからこそ、代替肉の食品や植物由来のメニューにしても、その根底にある「おいしさ」だとか、リーズナブルさだとか、実際の使いやすさだとか、お客さんにとって共感できる部分をきちんと提示することが重要なのでしょうね。

そうですね。そのためには、常にお客様の声を何よりも大切にして、ヒアリングしていかなければなりません。イケアとして肉を使わずに植物由来の原料で作ったプラントベースや地球環境に配慮した商品をこの先も提供していくという部分はもちろん大切にしつつ、わたくし個人としては美味しいものをつくるということを大切にしたいと思っています。この先、プラントベースの比重が増えていったとしても、結局はおいしくないと食べてもらえないと思うんですよね。

―― イケアほどのグローバル企業になると、日本国内でのニーズをすぐに本部に吸い上げてもらってスピーディーに商品開発をするということが難しいんじゃないかな、とも推察するのですが、いかがですか?

家具においては、各国のコワーカーの意見やお客様のニーズを本部が集約したうえで、3~5年かけて新たな商品を開発しています。そのため、日本では家具の開発はしていないんです。しかし、フードはというと各国に独自の商品開発チームが置かれていますので、日本では日本の裁量で開発ができています。

―― 商品開発は、いわば未来のニーズを読むことだとも思います。コロナ禍で人々の食生活の在り方やライフスタイルが大きく変わっている今、難しさを感じることもあるのではないでしょうか?

イケアはセルフサーブということもあって、熱々で召し上がっていただくことがどうしても難しい部分もあります。でも、少し冷たくなってもおいしいものは作れると思いますし、それをやってきたのがイケアなので、コロナ禍以降もそこには挑戦し続けたいですね。そのためには、やはりおいしいものを提供し続けることが大切です。たとえばイケアでは、プラントベースのもの以外に肉を使ったメニューも一部提供しているのですが、使用する肉はすべて放牧牛にこだわっています。それは、実際に食べてみれば味が全然違うからです。それからカレーも、無添加で提供することにこだわっているのですが、これも自分自身が食べてみたときの実感によるものが大きいです。カレーって一般的に流通しているものの多くは添加物が使われているのですが、食べた後に胸焼けがしてしまうことも多いですよね。でも、無添加カレーだと、胸焼けしにくいんです。商品開発の際には、こうした実感を大切にすることで、「おいしく食べたら体の調子もよくなってきた」という体験をお客様にもしていただきたいと思っています。

―― 顧客のニーズと社会のニーズに応えながら商品開発をしていくなかで、佐川さんはどんなことにこの仕事のやりがいを感じているのでしょうか?

当たり前の答えになってしまうかもしれませんが、周囲の人や自分が成長していると感じることができる瞬間には、この仕事をやっていてよかったなと感じますね。そしてもうひとつ。食の世界は時代の流れがとても速いじゃないですか。なので、一歩、二歩先を考えながら自分も仕事をしていかなければなりません。そういったニーズに応えるためには商品を世間に出すのが早すぎてもだめですし、遅くてもだめなので、タイミングがうまく合ったときには世の中のために少しは自分が貢献できているのかな、と思えてうれしくなります。

―― おいしさだけでなく、生活や環境が少しでも良くなるような商品を開発し続けているイケアだからこそ、感じられるやりがいなのかもしれませんね。この記事を読んでいる方の中には、社会が目まぐるしく変化するコロナ禍にあって、どんな企業を選べばいいのか悩んでいる人も多くいると思います。そんな方に向けて、アドバイスをするとしたらどんなことを伝えますか?

私自身は、常に自分らしくいるということを今まで心掛けてきました。自分らしくいるということが窮屈に感じるようになったのであれば、もしかするとその会社ではない別の場所へ行ったほうがいいのかもしれないし、会社のために自分がいるという生き方はしてきませんでした。なので、自分はこれをやりたいんだということを見つけることが大事なんじゃないかなと思いますね。そして、仮に就職したあとで、自分がやりたかったことをその企業がやらなくなったとしたら、また新しい職場を探せばいいだけだと思うんです。私はたまたまそれが飲食であり、ホスピタリティだったのでその道で30年やってきました。同じ会社でずっと働くことは理想だとは思うのですが、職場をかえながら働くなかで自分らしく生きてこれた私みたいな人間もいるので、ひとつの会社に縛られるのではなく、何をやりたいのかを明確にすることのほうが、どの企業を選ぶか以上に大切なんじゃないかなと思います。

人間、生きていく上では何らかの努力をしなければならないじゃないですか。でも、その努力を苦と思わないこと、自分から努力をしたいなと思えることは何なのかを知ることができるといいと思いますね。そのためには、さまざまな文化に触れることも大切です。私は幸いにも海外へ行く経験がありましたが、異文化に接する中で自分の価値観が形成されていく。そして、いろいろな人の価値観が共有されるなかで、その企業のなかにひとつの文化が生まれていく。それはイケアもそうです。だから、ひとつだけでなく、多様な文化に接することが大事だと思います。


ライフスタイルの変化、そして地球環境の変化を敏感に察知し、サステナブルな商品を提案していく。それは、食産業にかかわらずあらゆる企業に求められる、コロナ禍以降の新たなコンプライアンスなのかもしれません。おいしい食事を通して人々の心と身体に働きかけ続けるイケアは、これからもその先陣を切ってくれることでしょう。

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