歴史があるから新しいことができる。京の老舗和菓子店の挑戦
元禄2年(1689年)に創業し、320余年の歴史を誇る『聖護院八ッ橋総本店』。ニッキ(シナモン)がふわりと香る八ッ橋を、代々お客様に届け続けてきました。その歴史に今、これまでにない味やデザインの商品が登場するなど新しい風が次々と吹き込まれています。その中心にいるのは、専務であり次代の経営者としての期待を背負う鈴鹿可奈子さん。伝統を大切にしつつも、めまぐるしく変化する食のトレンドとしなやかに向き合う彼女に、老舗として人々から愛され続けるための戦略を伺いました。
profile
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株式会社聖護院八ッ橋総本店 専務取締役
鈴鹿 可奈子(すずか かなこ)
京都市生まれ。中学生ごろに家業を継ぐことを決意し、経営者としての基礎を学ぶべく京都大学経済学部に進学、在学中にカリフォルニア大学サンディエゴ校エクステンションへ1年間留学した。一般企業を経て同社に入社し、現在は総務や経理、経営企画を統括。季節感のある包装紙の導入や、新感覚の八ッ橋“nikiniki(ニキニキ)”ブランドを手掛け好評を得る。講演や2019年京都市開催の「世界博物館大会」の誘致活動に参加するなど活躍の場は多岐にわたる。
海外留学で知った伝統の価値
―― 鈴鹿さんが『聖護院八ッ橋総本店』を継ぐと決意されたのはいつ頃でしょうか?
両親は昔から私に「将来は好きなことをしていいんだよ」と言ってくれていました。でも、中学のころふと将来のことを考えたとき「やっぱり八ッ橋が好きだから、仕事にしたい」「会社と八ッ橋とともに歩みたい」と思い、自分で継ぐことを決めたんです。幼い頃から現社長である父の背中を見て育ったので、いつの間にか自分も社員さんと一緒に八ッ橋のおいしさをもっと広めたい、という気持ちになっていたんですね。
―― 幼い頃から和菓子や日本の文化に興味を持たれていたのでしょうか?
家族が茶道の世界に近く、一緒にお茶会に行き、美しい和菓子や着物の色合わせ、季節ごとのお花を見て楽しむ機会は多かったですね。でも、小さい頃はそれほど意識して強い興味は抱いていませんでした。和の伝統に強く惹かれるようになったのはアメリカに留学してから。さまざまな国から来た学生たちが自国の文化に誇りを持って語る姿を見て、アイデンティティを突き付けられたというか、自分も「日本の、京都の文化ってこんなに素晴らしいんだよ」と伝えられる人になりたいと思い勉強を始めました。その想いは今も変わらず持ち続けていて、「八ッ橋を通して京都や和菓子の魅力を伝えたい」という気持ちで仕事にも取り組んでいます。
きっかけづくりから生まれた新ブランド
―― ご自身がプロデュースされたブランド“nikiniki(ニキニキ)”では、八ッ橋の新しい魅力をアピールされていますね。
京都のお土産と言えば八ッ橋ですが、地元の若い方と話していると実は食べたことがないという方も多く、これではいけないと思って。なんとか目に留めてほしいと生まれたのが“nikiniki”です。地元の人が自分用としても買っていただけるお菓子として作りました。かわいい見た目と新鮮な味で、八ッ橋にはこのような可能性があると知っていただく商品作りを心掛けています。その結果、お土産物という概念を超え、幅広い層、そして年齢性別を超えた皆様に、興味を持っていただくきっかけとなっています。
―― 今までにない商品を開発するにあたり、社内の反応はどうでしたか?
「八ッ橋を広めるためのブランド」というポジションが明確だったので、理解は得やすかったですね。ただ、突然「考える」という仕事をすることになり戸惑いもあったようですが、少しずつ慣れてきてくれ、今では若手社員もベテランの社員さんも「こんなこともできるよ」と私が考えていた以上の提案をしてくださります。
その結果「既にあるものを丁寧につくる仕事」に加えて「自ら考えて新しい商品をつくる仕事」への意識を持つ良い機会となりました。八ッ橋の広報のために始めた“nikiniki”ですが、社員のモチベーションと技術を上げることにもつながったのは思わぬ収穫でした。
320年の歴史が、挑戦を後押ししてくれる
―― 歴史のある会社で新しいチャレンジをするのは難しいことのように思います。
入社したての頃は私もそう思っていました。でもふたを開けてみると、季節ごとに包装紙を変えるアイデアも、“nikiniki”もスムーズに実現できました。それは私の提案に「八ッ橋を多くの方においしく食べてもらうため」というブレない軸があったからからだと思います。目先の利益ではなく将来的なことを考えての提案だと理解して、社長も社員も認めてくれました。
お客様に納得してもらえるのかという不安もありましたが、杞憂でした。季節ごとに包装紙を変えることで見た目が新しくなっても、「ここのものなら安心」と手に取っていただけたのは、320年築いてきた信頼があってこそ。これは本当にありがたいことだと思います。この経験から、「歴史のある会社だからこそ新しいことにチャレンジできるんだ」と考えが変わりました。そのおかげで今は、怖がらずに挑戦することができています。
―― 商品開発の際はどのようなリサーチをされているのでしょうか?
私たちはあまりリサーチに頼らないんです。長く愛される味を妥協せず追求しているため、流行に飛びつくこともありませんから。ただ営業スタッフから日々吸い上げたお客様のご要望には真摯に耳を傾けています。そこから修学旅行生に人気のあるチョコレートあん入りのチョコレートの生八ッ橋『聖』が生まれました。“nikiniki”については、私がお客様に喜んでもらえるもの、自分もほしいものを常識にとらわれず自由に作っています。
ですので、“nikiniki”では新しい商品をどんどん出して、そこでお客様の反応を見るということをしています。評判が良かった商品は『聖護院八ッ橋総本店』で定番商品のひとつとして出すことにしたり。ふたつのお店の役割を分けることで、どちらもうまく回すことができています。
100年先まで生き残る秘訣は、おいしさそのもの
―― 京都の商売人ならではの習慣やルールというのは、やはりあるのでしょうか?
京都の商売人が大切にするのは「続けること」。経営方針もまずは来季の売り上げではなく、100年、200年後まで会社や商品をいかに残すかを考えて決めます。利益を上げることを考えるのであれば、流行を取り入れた商品を展開して、売れなくなれば次の商品に切り替えていくというやり方もあるのですが、そこは違いを感じますね。
―― さらに100年、200年後まで『聖護院八ッ橋総本店』が在り続けるために、取り組むべきこととは何でしょうか?
まず一番大切なのは、おいしいお菓子を作り続けるということ。それに加えて、一人でも多くの方に八ッ橋を食べてもらえるよう工夫することが課題です。一度食べていただければ、次も選んでいただけると信じるに足る、揺るぎない味を作り続けた上で、顧客を広げることです。“nikiniki”での広報活動はもちろん、その他の限定商品なども通じて、京都の地で実際に手に取ってもらう機会を増やしたいですね。
そして究極の目標は、地元の人や、京都を訪れた人に八ッ橋を食べてもらい「やっぱりおいしいね」と言っていただくこと。『聖護院八ッ橋総本店』が320年以上も続いてきたのは、その時代のお客様に「また食べたい」と思っていただいたからだと思うんです。
1日でも味が悪ければ信用は失われ、お客様は離れてしまう。だからこそ、私も父も毎日試食を欠かしません。材料の風味も人の味覚も変わっていくものなので、ただ同じ製法で作り続けるだけではいつものおいしさは実現できないからです。さまざまな変化がある中で、「これが今の味」と決めるのが社長であり当主の役目。私も次期当主として、これからも五感と決断力を磨き続けていきたいと思います。
「味を大切にし、お客様を想い、社員を守る。商売を続けるために大切なことは、父から私へと受け継がれています」と凛とした表情で語る鈴鹿さん。そのぶれない姿勢から生み出される商品やアイデアは、『聖護院八ッ橋総本店』の未来を切り開く可能性に満ちたものばかりです。伝統に新しいものを融合させる瑞々しい感性で、次の100年に向けてどんな歴史を描くのか楽しみでなりません。
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