新潟県でガストロノミーツーリズムに取り組む理由
新潟県内の生産者のもとを巡りながら旬の食材や地酒を堪能できる「レストランバス」や、新潟駅構内のイベントスペースで生産者やシェフたちが自慢の食材と料理をふるまう「ライブキッチン」など、食に特化した地域活性化事業を展開する一般社団法人ピースキッチン新潟。「つくる人」と「食べる人」をつなぐその取り組みは、官民の垣根をこえた「観光まちおこし」の新たなロールモデルとして、注目を集めています。今回は、「食」を起点にして、この独創的な観光事業を実現させたピースキッチン新潟の横山裕さんにお話を聞きました。
profile
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一般社団法人ピースキッチン新潟
横山 裕(よこやま ゆたか)
福島市出身。大学より新潟で暮らし始め、建築及び都市計画を学ぶ。大学卒業後は、新潟県内各地の地域計画などの策定に関わる。その後公共と民間の中間領域の財団法人新潟観光コンベンション協会に移籍し、観光まちづくりを推進してきた。新潟市の食の魅力を生かした食文化観光を推進するため、一般社団法人ピースキッチン新潟を立ち上げ。生産者と料理人と消費者のつながりを深め、地域の旬を楽しむ食文化観光の推進を図っている。
新潟にしかない「価値」を求めて
―― 一年で最も過ごしやすい新緑の季節、新潟駅を訪れた観光客の目をひときわ引きつけるのが、真っ赤な2階建ての「レストランバス」です。横山さんが代表理事をつとめるピースキッチン新潟が運営するこちらのバスは、毎週あっという間に予約が埋まってしまうほど人気のようですが、どのような経緯でこの事業を企画されたのでしょうか?
私は現在、一般社団法人ピースキッチン新潟のほかに、公益財団法人新潟コンベンション協会という団体の事務局次長を兼任しています。バスで生産者のもとを訪れ、生産現場で旬の食材を調理してお客様にふるまう旅行スタイル開発の取り組み自体は、新潟コンベンション協会ではじめたものです。
ご存じの通り、新潟にはお米や野菜、地酒など、他県にも誇れる美味しい食材が数多くあります。しかし、それらの食材を調理してただ提供するだけでは、観光まちづくりとして完成されているとは言い切れません。せっかく生産現場が新潟駅からバスで回れる範囲にあるのならば、お客様を現地までお連れして、自然豊かな新潟の風景と生産者たちの思いを生で体験しながら食事を楽しんでいただきたい。それこそが、東京や他県のレストランとは違った、この土地ならではの価値なのではないか。そんな発想から「食を起点にした観光まちづくり」を具現化させるために始まったのが、レストランバスでした。
―― 新潟といえば、こしひかりや越後姫など数多くの特産品が知られていますが、「県外への訴求」という点ではまだ課題があったということでしょうか?
通常、地域県の特産品は東京や大阪など大きな消費市場に出荷して高く売る、という商売の方法が考えられますよね。しかし、新潟は県内にそれなりの規模の消費地があるため、旬のおいしい食材は自己消費されて県外にあまり知られていない、というケースが少なからずあるのです。実際、私が生産者の方に「関東圏のマーケットに出荷しないのですか?」と尋ねると、「他県に安定的に出荷しようとすると、旬の本当においしいものを届けられなくなってしまう」というお返事が返ってきたこともあります。新潟の生産者は、「おいしいものはおいしい状態で届けたい」という意志がとても強いのです。
だからこそ、この地に訪れないと食べることができない本当においしいものを提供する「レストランバス」は、新潟にしかない価値を提供できるよい形なのではと考えています。
―― そういった取り組みを、新幹線が発着する新潟駅を出発地点として実施されることにも大きな意義があるように思いますが、ピースキッチン新潟の取り組みは新潟市と連携した官民共同の事業であるというのも興味深いです。
そうですね、レストランバスのような取り組みは、ある意味では成功するかどうかわからない「チャレンジ企画」です。そのため、我々のような民間団体が柔軟に立ち回りながらプロジェクトを始動し、官民共同で運営していくという方法がとられました。
実は、この「ピースキッチン」という概念は、丸の内朝大学などをプロデュースされたプロジェクトデザイナーの古田秘馬さんが提唱したもので、「世代も国境も文化も越えて、コミュニティをつなぐ新しい和食体験をつくろう」という意味が込められています。これはミラノ万博(2015年)の際に国内ではじまった運動なのですが、のちに新潟市長が興味を示されて「新潟版のピースキッチンをやりましょう」とお声がけくださったんです。
―― 「新潟ならではの価値」を発見するために、まずどのような取り組みをされたのでしょうか?
ここで参考になったのが、スペインで人気の「バルホッピング」でした。バルホッピングとは、その名の通り、バル(飲食店)をホッピング(はしご)するまち巡りのスタイルです。私たちは、このスタイルが新潟の地域活性化にも活用できるのではないかと考え、バルホッピングが盛んなスペインのサン・セバスティアンとビルバオという都市に視察へ行きました。そして出会ったのがスローフードビスカヤ名誉会長のマリアーノ・ゴメスさんです。マリアーノさんは、ビルバオの市議として戦略的にガストロノミーツーリズムをまちおこしに取り入れられた方で、新潟と町の規模が近いビルバオの取り組みには、大いに学ぶべきものがありました。
―― マリアーノさんは、実際に新潟にも来られたことがあるのでしょうか?
はい。彼は新潟にも何度もいらして、県内の若いシェフたちとも交流してくださっています。マリアーノさんと新潟のシェフのやりとりでとても印象に残っているのが、とある新潟市内のイタリアンレストランでの出来事です。そのとき、マリアーノさんはシェフに対して「なぜ新潟には、和食ではなくイタリアンの店が多いんだ? ここまで来てイタリアンなんて食べたくないよ」と言ったんです。それを聞いて、シェフは「ぼくらは新潟の新鮮な素材で調理している。だからこれは単なるイタリアンではない、別の料理だと考えています」と誇りをもって答えた。すると、マリアーノさんは、「すばらしい!」と感心してくれたんです。
―― 海外の方と交流することで、新潟にしかない「価値」が発見されたわけですね。
ええ。マリアーノさんをはじめとしたビルバオの方々から学ぶことはとても多く、今ではピースキッチン新潟とビルバオは、食文化交流協定を結んでいます。これからも、共通の理念をもちながら、異なる文化を通いあわせることで新たな価値を発見していきたいですね。
レストランバスの意外な反響
―― レストランバスを実際に運行してみて、お客様の反応や反響はいかがでしたか?
意外に思われるかもしれませんが、お客様の比率は県内の方が6割、県外の方が4割と内需のほうが多いのです。昨年には、テレビ局のゴールデン番組でも取り上げていただき、予約が殺到しましたが、それでも富山や長野など、近隣からいらっしゃるお客様がほとんどで、東京や関西からのお客様はそれほど増えませんでした。
―― それは意外ですね。てっきり県外から旅行と観光目的でいらっしゃる方が多いのかと思いましたが。
そうなんです。お客様からのご感想で多いのは「バスの2階から、新潟の景色を眺めるのはとても新鮮だった」という声です。新潟で暮らしている方々も、視点を変えるだけで自分たちの住むこの地域の美しさを再発見してくださったようで。
―― それはすばらしい「誤算」ですね。ピースキッチン新潟では、レストランバスのほかに「ライブキッチン」というイベントも開催されていますね。
はい。これは新潟駅構内にある「km0 niigata lab(キロメーターゼロニイガタラボ)」というイベントスペースで、毎日開催するパフォーマンスイベントです。新潟の生産者やシェフが、自身の食材や料理をお客様にふるまったり、地域食材の可能性を引き出すテストマーケティングの場として活用してもらったりしています。
―― ライブキッチンは、レストランバスとはまた違った価値の訴求のように思えますが、どのような経緯ではじまったのでしょうか?
これもビルバオの取り組みから得た学びがきっかけです。ご存じの通り、日本の外食産業は長時間労働と低賃金が当たり前で「ブラック」なイメージが少なからずありますよね。そのため、料理人を志す若者も、自分自身の価値に気づくことができずに消費され、消耗していってしまうことがとても多い。それは、外食産業の離職率の高さに如実に現れています。
一方で、ビルバオをはじめとするスペインの外食産業では、料理人の育成プログラムが徹底されているために、スタープレイヤーが生まれやすく、「自分の店」をもつためのサポート体制も整っているんです。シェフたちは、育成プログラム、活躍プログラム、評価プログラム、と3段階のプログラムを経て腕を磨くことが重要だと気付きました。新潟でもこれを見習って、シェフの腕試し兼登竜門の場としてライブキッチンを提供することで、若い才能のサポートをしていきたいと考えています。ここで活躍したシェフにファンが付き、推しメンならぬ「推しシェフ」を応援してくださる方が増えてくれるといいのですが。
―― ライブキッチンでは、シェフだけでなく、新潟県内の生産者も参加されているんですね。
ええ。これはマリアーノさんから教えていただいた実際の成功例なのですが、ビルバオにはおばあさんが生産しているとてもおいしい紫たまねぎがあったそうなんです。でも、それはあまり市場で知られておらず、なかなか売れていませんでした。そこで、マリアーノさんは、そのおばあさんをビルバオの腕利きシェフに紹介し、紫たまねぎを使った料理をつくってもらうことにしました。すると、彼の料理が瞬く間に評価され、紫たまねぎも飛ぶように売れるようになったのです。ライブキッチンでは、生産者とシェフ、そして消費者をつなぐことで、この紫たまねぎのような「新たな価値の発見」が生まれることを期待しています。
―― 横山さんは、一貫して「新たな価値の創出」を大切にされていますね。
そうですね。先ほどの話にも通じますが、ビルバオの方々と交流していると、ものに価値をつけるのは消費者でもマーケットでもなく、「生産の現場に近い人々」なのだ、と気付かされます。そして、それはおいしいものを無理に東京の市場に流さず、県内で消費することを望む新潟の生産者のスタンスともとても重なるのです。だからこそ、既存のマーケットにある「値札」を今一度疑い、生産者の目線に立って新たな値づけをしていくお手伝いができれば、と常に思っています。
教科書を「疑う」勇気
―― これから大学で「食」を学び、就職していく学生のなかには、横山さんのようなコンサルティング職を夢見る方も少なくないと思います。学生たちにアドバイスをするとしたら、どんな声をかけますか?
実のところ、私は大学の工学部を出て以来38歳まで、食とは縁もゆかりもない都市計画や地域計画のコンサルティング職に就いていたんです。ところが、1990年代の終わり頃に、「これからハードインフラの時代から、ソフトインフラの時代へとシフトしていくのでは」と考えるようになり、より事業の主体に近い立場で仕事をするために現在の方向へ舵を切りました。そんな経歴なので、学生のみなさんはくれぐれも私のことは目指さないでもらいたいんです。
―― 目指して欲しくない、と? それはなぜですか?
おそらく、私たちの分野は職能そのものを自分でつくらないことには、まだまだ就職先が確立されていない職業だと思うのです。ですから、若いうちはメディアや情報系の仕事やアルバイトを通じて、私たちのような取り組みをしている方々に取材し、まずは生の情報と現場に触れてみるのもいいかもしれません。
―― 横山さんご自身は、学生時代、あるいは就職して間もないころにどのような姿勢で仕事に取り組んでいたのでしょうか?
これは今も心がけていることなのですが、「今まで当たり前とされてきたこと」を盲目的に信じるのではなく、さまざまな文化や価値観をもった人々と交流するなかで視野を広げることが最も重要なのではと考えています。そういえば、駆け出しだった20代のころに、ある建築家の方から「君はどう思う?」と意見を求められて、「尊敬する先生の本にはこう書かれているので、こうだと思います」と答えたことがありました。するとその建築家は、「それはその先生の答えであって、君自身の考えではないだろう。君はどう思うの?」とおっしゃったんです。その時に、「教科書に書かれていることは必ずしも正解ではないんだ。重要なのは、書かれていることについて自分が何を感じ、何を思うかなんだ」と気付かされたんです。
だからこそ、これからもあの時の思いを忘れずに、既存の価値を疑い、新たな価値を探し続けたいと思うのです。
国境を越えて貪欲に異なる文化と価値観に触れ、新潟にしかない「価値」を探求し続ける横山さん。首都圏の巨大なマーケットにおもねらず、自産自消の精神に根ざした新潟の生産者たちの姿勢に寄り添うその取り組みは、外食産業を根本から変革させる可能性すら感じさせます。新潟発のガストロノミーツーリズムが、日本各地の町おこしのステレオタイプとなる日も、そう遠くないかもしれません。
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