2019.04.26

Interview

家業から事業へ。現場を知らないマネージャーが挑んだ農家改革

農家の高齢化や深刻な労働力不足に伴い、改革が急がれる日本の農業界。国は50億円もの多額の予算を投じ、テクノロジーを活用したスマート農業の強化に注力しています。そんな潮流のさなか、栃木県のある梨園が取り組んだ経営改善が注目を集めています。その農園の名は、阿部梨園。三代目の若き経営者・阿部英生さん率いる、わずか20名程度の梨農家です。

事前に決められた予算や事業計画はなし、国の補助を受けたわけでもなければ、有名企業のコンサルタントを招いたわけでもないこの梨園で改革のキーパーソンとなったのは、東大卒の脱サラ・マネージャー、佐川友彦さん。農業経験(ほぼ)ゼロの佐川さんは、「現場に出ないマネージャー」という少し変わった立場から農園の状況を俯瞰し、これまでに500件以上もの経営改善・業務改善を行ってきました。若き経営者とマネージャーが二人三脚で成し遂げた農家改革の顛末を、佐川さんに伺います。

profile

  • 阿部梨園

    佐川 友彦(さがわ ともひこ)

    外資メーカーを経て阿部梨園に参画。生産に携わらず、オフィス業務、人事、PR、販売などを担当。500件の業務改善を実施し、成果を上げた。改善実例をウェブサイト「阿部梨園の知恵袋」として無料公開している。起業したFARMSIDE worksでは、コンサルティングや講演活動などで農家の経営改善を推進中。

メーカー社員から梨農家のマネージャーへ

―― 東京大学農学部卒業後、新卒で外資系化学メーカー「デュポン」へ入社、その後、フリマアプリなどで知られる「メルカリ」でのインターン期間を経て、栃木の阿部梨園の門を叩いたという佐川さん。その経歴を拝見すると、「なぜ梨園へ?」という疑問がまずはじめに浮かぶのですが、そのあたりからお聞きしていいでしょうか。

農学部を出ているので、はじめから食や農業に関心をもっていたと思われがちなのですが、実のところそもそもの関心ごとは自然や環境問題でした。私が学生時代を過ごした90年代は、環境問題やサステナビリティというのがいたるところで話題になっていた時期でもありましたし、それらの課題に植物や自然側からアプローチしてみたい、という思いで農学部へ進んだのです。実は大学在学中は農業の現場を体験しないまま卒業してしまったんです。

―― となると、農家の経営改善、といったようなモチベーションは大学時代から抱いていたわけではなさそうですね。

ええ。新卒で入社したのも農業とは関係のない化学メーカーでしたし、その後メルカリのインターンを経て、「さて、これからどんな仕事に就こうか」となった時も、そこまで明確にこの先のキャリアプランを考えていたわけではありませんでした。ただ、農学部在学中に出会った業界関係者から感じた、農業界特有の柔らかさや人にフォーカスした雰囲気がとても心地よかったのは覚えていたんですね。それで、栃木という場所で、ローカルに根ざした仕事をしてみたいと考えるようになりました。

―― なぜ、栃木だったのでしょうか?

新卒から2年間、栃木の宇都宮で暮らしていて、そのときに、町の雰囲気が自分にあっているなと感じたんです。それに、宇都宮は県の中心なので、地方でありながら刺激的な人たちが集まっているのも魅力でした。ここなら何か面白いことができるのでは、と思いました。

―― 栃木で再就職先を探していた佐川さんは、その後NPOの紹介で阿部梨園のインターン募集を知ることになるわけですが、なぜ求人票ではなくNPOからアプローチしたのでしょうか?

栃木でローカルな仕事をしたいと思った時に、求人雑誌だけを眺めていてもあまり面白くないと感じたんです。正攻法で転職先を探そうとすると、研究開発や品質管理など、それまで自分がしていた仕事の延長上にある職業ばかりになってしまうので、それを避けたいという思いもありました。普通とは違う入り口を見つけなければ、地場産業や地元の経済に食い込んでいけないのでは……と考え、インターンシップをコーディネートされていたNPOさんに相談することにしました。

―― 地場産業、という意味ではたしかに農園は転職先として適していますね。ただ、あまりにも前職とのギャップがあるようにも思えます。

農園は超ローカルですし、直売という形でお客さんと直接やり取りをするなかで宇都宮の経済が見えてくるのでは、と思ったんです。少なくともどこに面白そうな人がいるかとか、いい会社があるかということが見えてくれば次に自分がとるべき行動も決まるだろう、という考えもありました。アテはもちろんないのですが。


―― まずはインターンとして阿部梨園で働くことになるわけですが、佐川さんがこの農園を選んだ決め手はなんだったのでしょうか?

当時、阿部が掲げていたスローガンに「家業から事業へ」というものがありました。これを見た瞬間に「面白そうだな」と感じたんです。国がスマート農業などに乗り出し、農業の事業化・法人化を促進している一方で、現場ではITとは縁がないようなご高齢の方々が汗水垂らして作物をつくっている。そんなギャップが顕著になっているこの時代にあって、阿部が掲げるこのスローガンはとてもタイムリーに感じられました。

私としても、農家のバックオフィスの実態を知ることで、組織の作り方や商売の運用を俯瞰する経験を積みたいと考えていましたし、生産から販売までを一気通貫で行っている阿部梨園で働けば、事業の本質に近づけるのではという思いがありました。

―― 家業だけれど事業としてやっていかねばならない、しかも家族経営であるがゆえに一人当たりの仕事の負担も膨大になるというジレンマを抱えているのが現代の農家ですよね。そのジレンマを脱却したいという思いが阿部梨園の当時のスローガンにはすでに現れていたということですね。

はい。ただ、家業から事業へというお題目ほど、シリアスに先を見越した発言ではなかったんだな、ということに、入って間も無く気づかされました(笑)。私はわりと本気で事業化を目指しているんだろうと思っていたんですけど、阿部に話を聞いてみると「もう少し事業っぽくなればいいな」くらいの感覚だったようで。

とはいえ、それも結果としてよかったと思っています。何が課題なのか、これからどうしていきたいのかを阿部やスタッフと一緒に探していくところから始めることができたので。

インターン生の指示に従う経営者・阿部英生

―― インターンとしての勤務がはじまり、苦労などはありましたか?

農業経験のない若者が、いきなりマネージャーとして加わるわけですから、古参のスタッフから反発もあったんじゃないか……と思われがちなのですが、そういった気苦労はほとんどありませんでした。

通常、インターンというと、研修生のような立場としてインターン生が社員から仕事を教えてもらう、という関係性になりますよね。でも、阿部梨園の場合は、その立場が逆になっている節がありまして、阿部は「俺はなんでもいうこと聞くから佐川くんの好きにやって」と言ってくれました(笑)。そんな阿部の寛容さもあって、元からいたスタッフと対等に近い立場で、一緒に課題に取り組んでいくことができたんです。

あと、当時は阿部梨園のスタッフの入れ替わりが激しい時期だったので、私がインターンとして勤務することになった時も「また新しい人が来たんだね」くらいの軽い感じで受け入れてもらえました。ただ、私がそれまでのスタッフと違ったのは、農園には出ないということ。スタッフからすれば「いよいよ今度は梨すら作らない新人が入って来たぞ!」と思ったでしょうね(笑)。

―― 実際に阿部梨園で働いてみて、どのような課題が見つかりましたか?

事務所が整理されておらず、作業がしづらい環境だったので、まずは掃除から始めました。働く環境を整えつつ、販売データなど、経営に必要な情報を集める作業にかなりの時間を割きましたね。そのなかで見えてきた課題は大きく分けると2つありました。ひとつは阿部が一人で仕事を抱えすぎていたということ。そこで、まずは私が阿部の業務を巻き上げて整理しつつ、ゆくゆくは各スタッフに権限を振り分けて業務を分担していかなければならないな、と考えました。

そしてもうひとつの課題は、お客様目線でパンフレットやお店のレイアウトを改善することでした。パンフレットに関しては、阿部の意向を吸い上げつつ、より梨の魅力がひと目で伝わるようにデザインを変更したり、農園で起きた一年間のニュースをダイジェスト形式でお伝えする文章を書いたりしました。


―― 非常に合理的なアプローチですね。一方で、元からいるスタッフからも改善の要望や相談はあったのではないでしょうか。

スタッフは梨の販売にそれほど関わっているわけではなかったので、出てくる意見の多くは現場の作業を効率化するための提案でした。作業場のレイアウトを変更したいという要望だったり、事務所に棚をつくって収納スペースをつくりたいという提案だったりと、積極的に声を出してくれたので、私も一緒に手を動かしてひとつずつ改善していくことができました。

―― 佐川さんのお話を聞いていると、あくまで対等の立場であることと、ご自身も手を動かされてきたことに気づかされます。それは意識的にされていることなのでしょうか?

そうですね。マネージャーやコンサルのような立場の人間は改善点を大上段から指摘してしまうこともありますが、それをしないように心がけています。あくまで決裁権は経営者である阿部にありますし、何か新たにチャレンジしたいことや改善したいことがあっても、阿部にお伺いを立てずに私が勝手に進めるということは基本的にしません。

改善したいことがあれば、提案もするし私自身手も動かします。阿部も私が仕事を進めやすいように、自分と並列の立場で発言をさせてくれることもありますし、私も阿部をオーバーラップしすぎないように調整しながらコミュニケーションをとるように心がけています。

阿部梨園で起きていることは他の農園でも起きている

―― 2014年に佐川さんが阿部梨園のインターン生として働き始めてから、5年が経過しました。この5年間、どのような経緯で改革を進めてきたのでしょうか?

2014年、つまり1年目は私がインターン生として入った年ですので、阿部梨園に馴染むこととこの農園の課題感を理解する作業に注力しました。

そして2015年はフルタイムで勤務することになったので、表面的な部分しかアプローチできなかったインターン期間とは違い、経営の底までたどり着きたいという意識がありました。梨の商売に直接関わることで、販売シーズンの阿部梨園を自分の中にインストールする、というのがこの年でした。それからこの年にやったことで一番重要だったのは、1年目に取りこぼした阿部梨園のデータをしっかりとすくい上げる作業でした。スタッフの作業時間や生産量のデータを集めることで、より洗練された形で業務を効率化していきました。

そして2016年は、それまでの取り組みが実を結び、直売でほぼすべての梨を売り切ることができました。ウェブサイトですとか、カタログのように、現在の阿部梨園のアイデンティティーとして認識されているものが一挙に形になったのがこの年です。

2017年はその前年までにできなかった細かい部分の仕上げをした年でした。そしてこの年の年末にクラウドファンディングを始め、翌年の2018年はクラウドファンディングから知恵袋プロジェクトにほとんどのリソースを割きました。

―― 2017年の時点までで阿部さんと佐川さんが取り組んできた業務改善は、ある程度の完成形に至ったという印象ですね。そして、2017年の暮れには、クラウドファンディングとしてそれまでの業務改善ノウハウを無料で外部に公開する「阿部梨園の知恵袋プロジェクト」が始動。これが大きな反響を呼びましたね。

クラウドファンディングの反響は阿部や私の予想以上で、ありがたいことに目標額を大きく上回る支援金を集めることができました。このプロジェクトを通してわかったのは、阿部梨園で起きている問題の多くは、他の農園でも起きていることだったのだ、ということです。自分たちが持っているカードを晒したことで、それまでは関わりのなかった全国各地の農園の方々と情報を交換できたり、横軸でつながることができたのは大きな収穫でした。


―― 「阿部梨園の知恵袋」によって、それまでは個別の問題だとされていた農家の経営には、実は類似性があり、ソリューションも共有できることがわかったということですね。このサイトでは今後、300近い阿部梨園の業務改善事例を記事化していくということですが、これはかなりの分量ですね。

そうなんです(笑)。私一人でやっているので、コツコツと進めています。

―― こういったサイトをつくろうと考えたのには、なにかきっかけがあったのでしょうか?

きっかけと言っていいのかわかりませんが、実は私は大学時代にサークル活動で少し変わったことをしていたんですよ。

私は3回生の時に仲が良かった友人たちと環境問題について勉強するサークルを立ち上げたのですが、ひょんなことからこのサークルで環境省と東京大学の共同プロジェクトのお手伝いをすることになりまして。それが環境問題に関するクイズを5000問作成して携帯電話のコンテンツとして配信するというものだったんですね。それで、環境省からそれなりにまとまった予算もついていて、学内の学生たちにも声をかけてひたすら問題を作りまくる日々を送っていたんです(笑)。

―― 5000問!?

すごい数ですよね(笑)。結局、1000問を超えたあたりからネタが枯渇して苦しくなってきて、「もうこれ以上つくっても仕方ないよね」ということで5000問に到達する前にプロジェクトは終わりました。ただ、そのときに学んだのが、「数は正義である」ということでした。記事にしてもクイズにしても、とにかく数を打ってコンテンツを充実させることはインパクトが出るな、と。その経験が、「阿部梨園の知恵袋」に少なからず生きているかもしれません。

―― すごい経験ですね(笑)。この5年間で経営改善からそのノウハウのアウトプットまでを一通り実行されてきたわけですが、阿部梨園と佐川さんが今後新たに取り組んでいきたいと考えている課題や挑戦はありますか?

阿部からは、今後桃の生産と販売に挑戦していきたいと聞いています。これは阿部の長年の夢でもありますので、農園の拡張から生産、販売までを私もサポートしていきたいです。「現状維持」をしつつ、プラスアルファで「無理のない成長」をしていくというのが、家業のよさを残しつつ事業化していくということでもあると思っています。この5年間でドラスティックに改革をした分、そこで生じたひずみをしっかりと整備していきたいですね。

そして、私個人としては、実は少し前から阿部梨園でのフルタイム勤務を一度解消し、週に何日かは外部の仕事を引き受けるようにしています。阿部梨園に軸足をおきつつ、他の農園の課題解決をお手伝いすることで、農業界全体に貢献していけるようなノウハウを蓄積していきたいと考えています。

―― 「阿部梨園の知恵袋」で横軸に拡張したノウハウを、より多くの現場で実践し、検証してくこと。それはきっと農業界にとっても必要なことですね。

そうですね。結局、行政や事業会社は農業従事者を大きな塊として「定数」で捉えるので、そこで働く人たちを取り巻く環境や個々の意識に目がいかず、技術や制度面からのマクロなアプローチに終始されがちです。しかし、阿部梨園の事例のように、そこで働く人の環境や意識をミクロに変えることができれば、農家の経営は大きく改善されることだってあります。「人」を定数ではなく変数としてとらえるアプローチはまだ未開拓であるがゆえに、農業界にとっては大きな伸び代でもあるはずです。

―― そのためには、佐川さんのように現場の人々と一緒に手を動かしたり、同じ目線で課題に取り組むことが必須ですね。

自分の体験を振り返ってみても、現場を見ることはとても大切だと思いますね。これは進路に悩む学生さんにも参考になることかもしれませんが、私のように農学部を出ていても卒業するまで農作業の現場に足を運ばない学生も少なくないと思います。しかし、大学の授業やものの本に書かれていることと、現場の実態は必ずしも一致しません。だからこそ、学生のうちに現場での実習なども経験し、教室で学んだ知識と実体験をもって裏付けていくと、視野が広がるのではと思います。


畑に出ないマネージャーという立場であるがゆえに、誰よりも「現場を知ること」の重要性を理解し、阿部梨園のスタッフとともに経営改善を成し遂げた佐川さん。栃木から全国へと発信されるそのノウハウが、日本の農業界を大きく変える日も、そう遠くないかもしれません。

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