情報が米の味を変える?農協を介さずに米を売る大潟村のメソッド
約852億円もの巨費を投じた国営干拓事業によって、1964年に県内69番目の自治体としての産声をあげた秋田県大潟村。干拓前当時、琵琶湖に次ぐ国内第2位の面積を誇る湖「八郎潟」を埋め立ててつくられたこの村の米農家は、農協に依存しない独自の販売体系を確立することで発展と成長を遂げてきました。国民の「米離れ」が叫ばれて久しい現代にあって、大潟村が「ひとり勝ち」を続けているのは、なぜなのでしょうか? 親子二代にわたって無農薬米の生産・販売を続けてきた黒瀬農舎の黒瀬友基さんにお話を聞きました。
profile
-
黒瀬農舎
黒瀬 友基(くろせ ともき)
秋田県大潟村出身。高校卒業後、上京。大学(経済学部)を卒業し、コンピュータ関連の外資系企業に就職。商品開発、マーケティング、営業などの業務を経験。28歳のとき、農薬に頼らない米の栽培を行いながら30年近くにわたり全国の個人のお客さまへ直接販売を行っている実家「黒瀬農舎」に戻り就農。農作業と精米、販売などすべての業務を行っている。
大潟村はなぜ、農協から独立したのか?
―― 「農家の米を農協が買い上げ、消費者のもとへ届ける」という販売ルートが確立されている国内の市場にあって、農協を介さずに自治性をもって米の直売を行なっている大潟村の米農家は異質に思えます。大潟村では、なぜこのような流通体系が確立されたのでしょうか?
まずは順を追ってこの村の起こりからお話しする必要がありますね。そもそも大潟村は、米の生産拡大を目的とする国営干拓事業によって生まれた入植者の村です。約50年前、入植者たちは15ヘクタールの農地を分譲され、自身で借金を背負ってこの村に移住してきました。しかし、入植が開始されて間もなく国は減反政策を打ち出し、政府米の買い入れ限度を設定するなどして米の生産量を調整し始めたのです。
―― 「これから米をつくっていくぞ!」と息巻いて入植した大潟村の農家からすれば、「それは話が違うんじゃない?」となりますよね。
ええ。大潟村の米農家は当然これに反発し、「それならば、国の販路に依存せずに自分たちで直接お客様に米を売っていこう」と決断しました。現在、大潟村の米農家が独自の販路で米を直売しているのも、この減反政策の騒動に端を発しているわけです。
―― 国営事業で生まれた自治体が国に依存しない道を選んで歩みだした、という状況には国側からすれば複雑な思いがあったでしょうね。
はい。巨費を投じて八郎潟を干拓した国からすれば、当然この村をコントロール下に置きたかったでしょうから。でも、大潟村の米農家は決して農協と仲が悪いわけではないんですよ。よく誤解されるのですが、私たちは農協と完全に交流を断絶しているわけではありません。組合員として農協の活動には参加していますし、必要があれば機材や肥料も農協から購入します。
―― 農家の自治性を主張しながらも必要に応じて協力し合う、という関係なのですね。そう言っても、農協を介さずに顧客を獲得し、売り上げを伸ばすのは決して簡単ではないと思いますが……
そうですね。自分たちで好き放題やっていくのは簡単ですが、それではお客様の理解は得られません。大潟村が目指したのは、お米の購入を通して私たちの活動そのものを応援してくださるお客様を獲得することでした。農協が買い上げた米をお客様が買う、という既存の販売体系は、見方を変えれば「消費者が自由に米を選べない」ということでもあります。米の直販を行うことで、消費者にもしっかりとメリットを提示していきたいですし、米農家を取り巻く状況を理解していただけるように日々の情報発信も欠かせません。
米の味を変える、情報の“質”
―― 情報発信、というお話が出ましたが、黒瀬農舎のHPを拝見していると、ブログや動画などを積極的に活用している印象を受けます。
先程お話したように、私たちの活動そのものをお客様に支援していただきたいという思いもありましたから、先代の父のころから情報発信は積極的に行ってきました。30年ほど前から父が書き続けている「提携米通信」というお便りのほか、私が継いでからはオンラインショップを開設したり、ブログや短い動画も始めましたね。
―― こまめに更新されているブログでは美味しいお米の炊き方などもレクチャーされていて記事としてとても読み応えがありますし、米が出荷されるまでの工程を短くまとめた動画もしっかりとテロップが入っていて手が込んでいますよね。ここまで徹底して情報を発信している農家は珍しいように思います。
今の時代、大手通販サイトなどを使えば安いお米をすぐに自宅まで届けてもらえますし、単純な価格競争で売り上げを伸ばしていくのは難しいでしょう。かといって、米は果物のように糖度を示してわかりやすく味の差をアピールできる商品でもありません。しかし、私たちがどのような思いで日々米をつくっているのか、という「情報」は発信するだけで他社との差別化につながります。
―― 確かに、米の味はなかなか違いがわかりませんし、違う品種のものを家庭で食べ比べるということも普通はしませんね。
そうですよね。これは私の持論なのですが、米の味を大きく左右するのは、栽培技術ももちろん重要ですが、「情報」なのではないかと思っています。どれだけ手をかけてつくられた米なのか、ということを知るだけで米を食べた時の印象は大きく変わるはずですから。そんな意味では、栽培技術で品質を最大限高めていく努力はしながらも、お客様に届ける情報の量と質を意識し続けるというのは、選んでもらうためのひとつのポイントになるのではと思っています。
―― 実際にHPで情報を発信することで、どの程度新規の顧客が増えているのでしょうか?
弊社の米の売り上げとしては、半数が個人のお客様で、残りの半数が生協さんなどの共同購入団体様です。個人のお客様は現在1500名前後いらっしゃいますが、黒瀬農舎の規模からすれば月に1名か2名、新規で定期的に購入してくださる方がいれば十分です。HPには玄米のつくり方や米に虫がついたときの対処法など、米に関するお役立ち情報を掲載しているので、検索で訪問してくださる方も数多くいますが、1000名中999名は記事を読むだけで商品は購入しません。それでいいのです。1名でも買ってくだされば、情報を発信し続ける意味は十分にありますから。
―― 米に関するウェブ記事は数多くありますが、やはり、ただのブロガーではなく、「プロである黒瀬さんが米にまつわる情報を発信している」という点に価値があるのでしょうね。確かな情報を発信し続けているからこそ、それが信用につながり、リピーターになってくれる方も多いのではないでしょうか。
ありがたいことに、リピートして購入してくださる方の割合はとても多いです。単発の新聞広告と違って、私たちの考えや活動を継続的に発信することでお客様と双方向のコミュニケーションを取れるのも、HPや提携米通信の大きな強みだと思います。
―― 双方向のコミュニケーションとは、具体的にどのようなことでしょうか?
例えば、黒瀬農舎では米を発送する際に必ずハガキも添えています。私たちに何かご要望やメッセージがあるお客様は、このハガキに書いて送ってくださるんです。実際、正月の時期にお餅の販売をしてほしいというご要望や、レンジで調理できる炊飯済みのレトルトごはんが欲しいというご要望をいただき、1人前パックの玄米ごはんを商品化したこともあります。
―― 消費者のニーズをダイレクトに吸い上げることで、加工品の開発や販売にも積極的に乗り出せているわけですね。
近では農家の6次産業化経営が推進されていますが、ある程度のニーズと売り上げが担保されないことには、生産者が商品の加工まで行うのはハイリスクです。ニーズを知り、本当に求められているものを提供するためにも、お客様とのコミュニケーションは大切にしていきたいですね。
IT業界から農家の二代目に
―― こまめに情報を発信し続けることで消費者との関係を築き上げてきた黒瀬農舎さんのスタイルには、まさにB to Cの面白みが凝縮されているように思えます。黒瀬さんご自身も、B to Cビジネスには以前から関心があったのでしょうか?
私は黒瀬家の次男なので、実のところ学生時代にはてっきり兄が家業を継ぐものと思っていました。そのため、大学も農業とは全く関係のない学部を卒業し、そのまま東京のIT企業に就職しました。元々、消費者の五感に訴えかけて物を売るB to Cのビジネスに興味をもって就職したはずだったのですが、入社して間もなく会社がB to Cから撤退しまして、「あれ?」と思いながら働くことになりました(笑)
―― それは残念ですね(笑)
とはいえ、会社の仕事自体はとても面白くて、若いうちから色々な経験をさせてもらえたので充足感はあったんです。ところが、しばらくしてどうやら長男が黒瀬農舎を継ぐ気がないらしい、ということがわかりまして、父から家業を継がないかと声をかけられました。
―― お父様から声をかけられた時には、すぐに決断できたのでしょうか?
よく考えたら黒瀬農舎の仕事も「農協に出さずに直接お客様に米を卸している」という点では、B to Cの面白さがあるな、と気付いたんです。もしも農協の販路を通すスタイルだとしたら家業を継がなかったかもしれませんが、当初の自分の関心と黒瀬農舎のビジネススタイルが合致していたので迷いはありませんでしたね。
―― 黒瀬さんのようにまずは大学で学んでから家業を継ぎたいという若者は少なからずいると思います。そんな若者にアドバイスはありますか?
きちんと農学部や食関係の学部で基礎を学んでいる同世代の農家を羨ましく感じることは多々あります。現場で父や同業の先輩から学べば実作業はできるようになりますが、「なぜそのプロセスを踏む必要があるのか」という理由や原理は、自分で学んでいくしかありませんから。ただ、学生時代はあまり視野を狭めずに、自分の興味があることを楽しみながら過ごすのが一番ではないでしょうか。私が今HPで情報を発信しているのと同じように、農業とはまったく関係のないところにある興味や関心や知識がこの仕事に役立つことはあるはずですからね。
1500名もの個人顧客を獲得し、ファンを増やし続けてきた黒瀬農舎が親子二代にわたって貫いてきたもの。それは「消費者と真摯に向き合い、語り合う」ということでした。「価格競争や流通の手軽さから距離を置き、まずはこまめに情報を発信することで米農家を身近に感じてもらいたい」。そう語る黒瀬さんは、今も新たな消費者との出会いを心待ちにしているようでした。
他にもこんな記事がよまれています!
-
Interview
2021.08.26
シェフの味を食卓に。ロイヤルデリが提案するフローズンミール
ロイヤルホールディングス株式会社
リン・フォンション/倉持 敏一 -
Interview
2018.09.11
食や地域と密接につながる、住まいづくりの仕事
伊藤忠都市開発株式会社
-
Column
2021.03.26
旅と食。反芻される思い出
立命館大学食マネジメント学部
加部 勇一郎 -
Column
2017.12.27
駅ナカ「食」のおみやげ事情から見た地域創生
株式会社地域計画建築研究所
高田 剛司 -
Interview
2017.04.10
料理雑誌・編集長が語る、食業界の「作り手」と「伝え手」の思い
株式会社料理通信
君島 佐和子 -
Interview
2017.10.04
エンタテインメント企業が切り拓いた食の新たな可能性
(株)ソニー・ミュージックエンタテインメント
森 三千男