パラドクスから「食」を読み解く
食べるという行動はあまりに「当たり前」のことであり、普段なぜその食物を食べるのかについて深く考える事は少ないと思います。そして「なぜその食物を食べるのか」の問いに対し、多くの人が「必要な栄養素を摂るため」と答えるのではないでしょうか。しかし今回ご紹介する本では「私たちが食べるものを決定しているのは生物学的要素ではなく社会慣習である」ことを現代の「食」における具体的な問題について事例を挙げて検証しています。多角的な視点から「食」を学びたいみなさんの知的好奇心を刺激してくれる一冊になると思います。
現代社会の「食」におけるさまざまなパラドクス(矛盾)
『食の社会学 パラドクスから考える』著・エイミー・グプティル、デニス・コプルトン、ベッツィ・ルーカル(NTT出版、2016年)
「食文化」とは、私たちが何をどのように食べるのか、なぜ、どのような環境で食べるのかを規定するパターンのことを言います。また「食文化」は複数の力と社会的文脈が重なり合って形成されるものです。つまり個人や社会制度、物資的な環境の相互作用によって生み出され、再生産されているのです。このように考えると食文化は個人の嗜好や文化的な規範、環境条件だけで決定されるものではなく、実にさまざまな要素が作用しあっていることがわかります。
そして、食文化を構成する要素の一つに私たちが毎日食べている食べ物があります。実はこの「食物」には目に見えないさまざまな「力関係」が織り込まれており、その力関係によって私たちは自分たちが食べるものを選んでいるにも関わらず、このことを意識している人は少ないのです。
では食文化に影響を与える「力関係」とは具体的にはどういうことを意味しているのでしょうか。
この本では例えば「食とアイデンティティ(包摂と排除)」、「栄養と健康(体によくてもおいしくない?)」、「ブランド化とマーケティング(消費者主権と企業の影響力)」、「工業化される食(安い食品にかかる高いコスト)」、「食料アクセスの問題(余剰と不足が同時に起きている)」などみなさんにとって身近で具体的な事例を取り上げています。
そしてそれぞれの問題においてさまざまなパラドクスが生じていること、そしてその背後にある「力関係」(例えば企業と消費者の間の力関係)がどのように影響しているのかを「パラドクス」という1つのキーワードから、人類学、社会学、地理学、政治経済学、歴史学といったさまざまな研究分野の知見に基づき丁寧に解説し、社会がどうあるべきかを読み手である私たちに考えさせてくれます。
食べることは経験的にも構造的にも社会生活の重要な一部であり、「食」は持続的な行動と相互作用の場にあって、人と人を結びつける重要な要素であること、そしてさらに「食」は私たちの住む社会の縮図であるということがこの本を読むことで実感できると思います。
現在、世界中でSDGs持続可能な社会の実現に向けての議論がなされていますが、なかでも温室効果ガスは私たちが普段食べている食品の生産や輸送、さらには食品廃棄などの関与が大きく、私たちの行動をどう変えていくかが将来を決めるカギとなることは明らかでしょう。
私たちの行動は、想像以上に自分の意思で統制されているのではなく、社会やその時の政治などの自身が置かれている環境によってかなり影響されるということがこの本を読むことでわかるかと思います。環境によって行動が統制されることは悪いことばかりではありません。逆にこれらの力を利用して、私たちの行動をより良い方向に変えることも可能なのです。この本を読んで、ぜひみなさんもパラドクスから「食」を考えてみてください。
食マネジメント学部 助教 山中 祥子
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