脱ステレオタイプ! 個の時代をゆくエナジードリンクの新定義

若者の過労死や労働人口の減少といった切実な社会問題と並走するかのように、近年右肩上がりに伸長をつづけているエナジードリンク市場。働き盛りの若年層男性をボリュームゾーンに抱えるこのマーケットは、日本社会に影を落とす過酷な労働環境の現状をそのままに投影しているかのようにも思えます。

エナジードリンクと耳にすると、「どうしても無理をしなければならないときにグイっと一気飲みするもの」「飲みすぎると化学調味料やカフェインの過剰摂取が心配……」とマイナス・イメージを頭に浮かべる人も少なくないかもしれません。

サントリー食品インターナショナル株式会社の脇奈津子さんも、多分にもれず既存のエナジードリンクに否定的な思いを抱いていた一人。健康オタクを自称する彼女は、普段はこの手の飲料はほとんど飲まず、食卓に並べる食材にも徹底的にこだわっているのだとか。

しかし、そんな脇さんが、同社のブランド開発事業部で任されたのはなんと、自分とは縁遠い場所にあったはずのエナジードリンクの開発。試行錯誤と市場調査を重ねた末に彼女の率いるチームが生み出した新商品「サントリー 南アルプス PEAKER ビターエナジー」(以下、PEAKER)は、パッケージデザインから原材料まで、あらゆる部分で既存のエナジードリンクとは一線を画す、挑戦的なドリンクでした。

profile

  • サントリー食品インターナショナル株式会社

    脇 奈津子(わき なつこ)

    大学を卒業後、営業として勤務、その後、出産を経験し、出産後は茶葉の調達部署を経て、4年前にマーケティング部署へ異動。営業ではトップセールスを記録、その後の調達部署では、現行流通に疑問を持ち茶葉調達新規ルートを開拓、その後メーカーにしかできないものづくりに携わりたく自らマーケティングの部署へ手を上げて異動し新規カテゴリー創造の業務に従事、今に至る。

市場の前提を壊す

―― 「南アルプス」という絶対的なブランドイメージを有するサントリーが、新たにエナジードリンク市場を開拓する。それだけでも御社としてはかなり踏み込んだ挑戦だったのではと思いますが、開発を担当されたのが、普段はエナジードリンクをあまり口にされない健康通の方だと伺いとても驚きました。まずはそのあたりの経緯を教えていただけますか?

そうですよね(笑)。私に限らず、「エナジードリンクは体に悪いんじゃないか」というイメージを抱いている方は数多くいると思います。しかし、飲みすぎると体に悪いと思ってはいても、手早く自分をブーストできるならば……と日常的にエナジードリンクを飲んでいる方が一定数いらっしゃるのも事実。この商品を開発するにあたって、まずはじめに考えたのは、そんな方々が後ろめたさを感じずに口にできるエナジードリンクをつくりたい、ということでした。

それに、既存のエナジードリンク市場の前提には、「人に合わせて夜遅くまで残業をして、自分の健康は後回し」という考えが少なからず根付いてしまっているようにも思えるのです。だからこそ、自分らしさを見失わずに無理なくパフォーマンスを上げるサポートができるようなドリンクを目指しました。

―― エナジードリンクのあり方そのものを再定義するところから商品開発を始めた、ということですね。

ええ。既存の市場を見渡してみると、グイっと一気飲みしてカフェインの刺激で無理やり自分のペースを上げるようなエナジードリンクが多い一方で、味覚や聴覚などの五感に働きかけてリフレッシュさせてくれるような商品は日本には存在していないことに気づかされました。

そこでPEAKERはカフェイン量を従来のエナジードリンクよりも少なめにし、代わりにホップを使用することでビール並みの苦味を出すことにしました。さらに、他社製品の倍程度のガス圧をかけて強炭酸にしているので、ホップの苦味で味覚を刺激しつつ、炭酸の弾ける音で聴覚も刺激する、まさに五感に働きかけるエナジードリンクとなっています。


―― 従来品とは異なるアプローチで開発されているだけに、購買層はエナジードリンクのボリュームゾーンである男性若年層以外にも広がりがあったのではないでしょうか?

開発当初は10代〜40代までと広くターゲットを設定していたのですが、蓋を開けてみると30代、40代の方が他社製品の倍程度も買ってくださっているという意外な結果になりました。他社のエナジードリンクの場合、カフェインが多く含まれていることなどもあって、10代で飲んでいた方が30代にさしかかって離脱していく、ということが多いようです。PEAKERは辛口ジンジャエールのような大人受けする口あたりで、カフェインも少なめなので、この離脱した層の方々が手にとってくださっているのだと思います。

―― エナジードリンクには珍しく、缶ではなくペットボトルの容器を使用している、という点も他社製品との大きな違いですが、これにはどのような意図があったのでしょうか?

先ほどもお話したように、既存のエナジードリンクの多くはグイッと一気飲みすることを前提につくられています。そのため、容器も蓋ができない缶のものがほとんどです。しかし、それでは自分のペースでリフレッシュすることはできませんよね。そこでPEAKERでは、無理なく自分のペースで飲んでいただけるようペットボトル容器を採用し、自分がどのくらい飲んだのかを視覚的に認識しやすいようにボトルの脇にはメモリをつけることにしました。


―― 自分のペースで飲める、というのは若者以外の層にも喜ばれそうですね。

学生時代は生クリームたっぷりのケーキをホールでペロリと食べることができたような人も、歳を重ねるごとに胸焼けがしたり、胃がもたれたりして「ケーキはもういいや……」となることはありますよね。それはきっとエナジードリンクも同様で、「昔は一気飲みできたけれど、今は缶飲料だと飲み干せないから買わない」という方は少なくないと思うのです。その点、PEAKERのパッケージは上の世代の方々にも受け入れていただきやすいものにできていると思います。

それから、私のように健康志向の強い消費者の方々のなかには、「エナジードリンク」と耳にした時点で拒否反応を示す方もいるでしょう。そんな方々にも、「南アルプスを謳うサントリーから出たものなら安心して飲めるんじゃないか」と思っていただけると嬉しいですね。

個の時代に求められる市場のアップデート

―― PEAKERのように市場のありかたを問うような新商品を生み出すには、当然社内の理解や後押しも必須となるわけですが、やはり御社には新たなアイデアを尊重する社風があると感じますか?

サントリーの創業者も「やってみなはれ」という言葉を遺していますし、かなり自由な社風だとは思います。特に私が入社した当時は、社会人1年目の社員とベテラン社員が営業の現場ではまったく同じ土俵で働いていたので、30代後半の課長がこれまで担当していた仕事を入社したばかりの私にポンと任せてくれたりしたんです。「とりあえず任せてみよう」という空気感があるのは、弊社の良さかもしれませんね。

―― 脇さんご自身も、そんな自由な社風に惹かれてサントリーへの入社を決められたのでしょうか?

そうですね。私は学生時代に体育会バレーボール部のキャプテンをしていて、しかも就活をした時期は氷河期だったので、とにかく効率的に就活をしないとな、と考えていたんです。それで、小さい頃から食べることが大好きだったこともあって、いつも食卓に並んでいた食品を製造している企業に絞ってエントリーし、ありがたいことに複数の企業から内定をいただきました。

どの企業へ進もうか、と考えているときに父がわざわざ出張先から電話をかけてくれて、「奈津子にはサントリーの自由な社風が合っていると思うよ」とアドバイスをくれました。父にはサントリーで働いている知人がいたようで、その方からこの会社の社風を聞いていたんですね。私は昔からマイペースで、学校の終礼にも遅れるような子どもだったので、父は娘のそんな部分も考慮してサントリーを勧めてくれたのだと思います(笑)。

―― 実際に入社してみて、いかがでしたか?

当時は今以上に自由な空気感があったと思います。1年目は量販店でビールを販売する部署に配属されたのですが、先ほどお話したように早々に課長から本部担当の業務を任せてもらえたので、バイヤーさんと直接やりとりをしながら商品の売り方を学ぶことができました。

当時は経験がない女性ということもあってか、バイヤーさんがなかなか私の意見を聞いてくれないこともあったのですが、ワインのソムリエの資格を取得するなどして、自分に経験値がたまってくると、周囲の反応も変わり、結果がついてくるようになりました。

その後、出産と1年間の産休を経て、原料調達の部署へワーキングマザーとして初めて配属になったのですが、ここでもある時期から紅茶と緑茶の調達を任せてもらえるようになり、日本茶インストラクターの資格を取得したりしながら、流通のあり方やこの仕事の課題を考えていました。


―― その場所、その場所でご自分に必要な資格やスキルを身につけてこられたのですね。当時感じた「この仕事の課題」とはどんなことだったのでしょうか?

原料を調達するためになぜ商社を通さなければならないのか? また、ペットボトル飲料用の茶葉(味だけしっかりしていれば問題ない)なのにきれいに茶葉の形状を整える必要があるのか? という根本的な疑問が湧いたのです。調べてみると、海外にはそもそも商社というものが存在しませんし、そもそも直接農家さんから茶葉を調達するスタイルにし、茶葉も飲料用にしていくほうがいいのではないか? と考えました。

そこで、製造現場の社内外関係者の方々と意見交換の場を設けて、農家さんが抱えている問題や悩みを直接伺うことにしました。すると、農家さんでは数年先の売上見込みが立たないがために、トラクターなどの大きな設備投資に踏み出すことができず、困窮している、ということがわかったのです。

弊社には幸いなことに伊右衛門などのヒット商品もあるので、それならば数年先までまとめて直接取引を行うことで、農家の方々にも安心して働いていただきつつ、安価で原料を仕入れられるようなシステムを構築することにしました。

―― お話を聞いていると、PEAKERの開発に限らず、脇さんはこれまでも「既存の市場や流通の構造そのものに問題提起をし、新たなシステムを構築しなおす」という作業をされてきたのだとわかりますね。

言われてみるとそうかもしれません。人に合わせて無理をするような働き方をしているうちに、いつの間にか自分らしさを見失っていくという生き方は、これから先の社会ではどんどん否定されていくと思うのです。だからこそ、エナジードリンク市場でも「自分のペースでパフォーマンスを上げられるもの」が求められ始めているのだと思いますし、残業せずにフレックスで働くベンチャー企業などが社会で勢いをつけているのではないでしょうか。

個の時代が到来した今、マーケットがどのように変化していくのか、あるいは私たち自身がどう行動すべきなのか、ということには個人的にもとても関心があります。

就活生に大切にしてほしい「歪さ」

―― これから就活をスタートする学生のなかには、面接時のマナーやエントリーシートの書き方など、「型」や「正解」ばかりが気になってしまう人も数多くいると思います。そんな学生たちにアドバイスをするとしたら、どんな声をかけたいですか?

私も学生さんとお話したり、OB訪問を受けることがあるのですが、やはり傾向の分析に力を注ぎすぎていたり、わかりやすい正解を求めている学生さんがとても多い印象を受けます。もちろん、面接時のマナーも大切でしょうし、人としてバランスが取れている人材が良いとされるのもわかるのですが、そればかりでは個の強みが求められていく時代に、埋もれてしまいますよね。

だからこそ、自分の強みを知り、それだけをひたすら伸ばすことも大切だと思うのです。それはなかなか見つからないものかもしれませんが、自分の面白さは実はすでに自分の中にあるものだったりするので、わざわざ作り出さなくたっていいと思っています。自分が今までどう生きてきたか、そこでの経験がこの先の仕事や人間関係のなかでどのように役立つのか、その部分をきちんと強みに紐づけてアピールすることさえできれば、一般的に少し歪(いびつ)で変わっている人でも面接官は魅力に気づいてくれるのではないでしょうか。

―― 脇さんご自身も、やはり少し変わった就活生だったのでしょうか?

変わっていたかもしれませんね(笑)。食事をしながら行う面接の際に、面接官から「好きなものを頼んでいいよ」と言われたときには、何も考えずに本当に食べたいものを注文したりしていましたね。これは就活マナー的にはNGで、注文してはいけなかったようなのですが、きちんと自分らしさを伝えることができたからこそ、落とされずに内定をいただくことができたと思っています。一般的な就活マナーに多少問題があったとしても、偽りのない、自分らしさをしっかりと相手に伝えることができれば、評価はされるのだと思います。

―― それは象徴的なエピソードですね。学生のなかには、サントリーのような企業で求められる人物像を知りたい人もいると思うのですが、脇さんはどのような人材と働きたいと思いますか?

人に興味があって、人と接することが好きで、何事にも好奇心をもってチャレンジできる人、でしょうか。やはり商品開発は長期に及ぶチームプレイなので、一緒にいて刺激的だけど、居心地がいい、と思われる人でなければなかなか難しいと思うのです。どの仕事にも共通することかもしれませんが、働いていると、自分とまったく違うタイプの人が背中を押してくれたり、自分にはできないことをして助けてくれることがあります。そのような補完関係を大切にしながら、きちんと感謝や尊敬の気持ちを相手に伝えることができる人は素敵ですし、私もそうありたいと思っています。


営業、原料調達、そして商品開発と、配属された部署で着実にスキルを磨き、時に周囲を巻き込みながら新たな挑戦を続けてきた脇さん。流通のあり方をアップデートし、市場のあり方をアップデートしてきた彼女のスタイルは、既存のシステムや枠組みにとらわれない「個の時代」のロールモデルとして、輝き続けることでしょう。